人生の足跡 -463ページ目

満足するかしないか。

twitterでもつぶやいたのですが、


電車の中で、自分自身の存在って何なんだろうって


めちゃくちゃ考えました。



何十億人という人間がいて、数え切れないほどの生物、植物がいる。



その中で、今見えている、今考えていて、この意識を持っているのは自分だけ。



何だか、他の人は自動で動いていて、


私はゲームの中のプレイヤーではないのかと思う時もある。



街ゆく人、ひとりひとりに幼少時代があり、思春期があり、大人になって、


年をとって、死んでいるというのがとてもリアルに感じられないのだ。



そこから、死についても考えた。



この意識が、死んだ時。どうなっちゃうんだろうと。


電車の中で一人。


非常に怖くなってしまった。



怖さをなくすために、死ぬときの想像をしてみた。



病院のベッドの上で


周りには子供、孫、奥さんが見守ってくれている。


入院してからは仕事の人や、仲間などがお見舞いに来てくれる。


それでお互いに感謝を言う。



奥さんにはちゃんと『お前と一生を過ごせて幸せだった』と言う。



そして、


孫はよくわからずに、私にじゃれついてくれる。



小さな手で私の手を握ってくれる。



子供たちは私の体を触り、奥さんは孫と逆の手を握ってくれている。



そして、私は静かに目を閉じる。



こんな幸せな結末がいいな。