彼の実家に行って、いろいろとわかりました。
諦めなかったそうです…
「ありがとう」
全てを知っていたのは、彼の上司の、
支店長だけだったんです…
。
お父さんも、お母さんの病状が良くないから、彼に帰って来るように連絡した時、
初めて、息子が入院している事を
知ったそうです…
それも、かなり病状が進んでる事も…。
その後、地元に戻って間も無く、
お母さんが亡くなり、
東京の住まいを引き上げ、闘病生活が
始まったそうです…
そして、この頃、
私の、チアリーダーになり損ねた、
元高校球児への応援📣が始まり、
最初のメールが、私が母親を亡くした
時の内容だったのです…
。
(大切な人との死別ほど辛い事はありません。だから、他の事は耐えられるようになったと言う内容にしました。)
いつも夜遅くメールを送ってました
多分、病室のベットで読んでくれてた
と思います。
(起こしちゃってごめんなさい🙏)と
一言、付け足して…
)
お姉さんの話だと、彼は、最後まで
諦めなかったそうです…
「なんとかなる」が口癖だったと…
もしかしたら私のメールが本当に、彼の
病と戦う力になっていたかも
知れないと思う事が出来ました
東京に無事に帰って来て、
元、陰陽師魔女JUNKOさんに、
あるお願いを聞いてもらう事に…。
彼が私の事をどう思っていたのか
教えて欲しいと…
。
メールを送り続けていた事…
実家までお邪魔した事…
ずっと泣き続けてる事…
JUNKOさんに通訳(ミディアムシップ)
をお願いしました。
そして、しばらくして彼からの
メッセージが私のところに
届きました。
天空からのメッセージ
「ありがとう」
これを一番に伝えて欲しいと…。
いろいろと慰められていた。
楽しかった。
恋愛感情ではなく、同士・姉弟・友達
のような 感情…。
ホット心が和むオアシスのような存在。
いろいろと気にかけてもらえて
嬉しかった。
ただ、ただ ありがとう。感謝している。
これからも変わらず、明るく過ごして
欲しい…。
自分の事は、たまに思い出すだけで
いいから…。
でも、いつまでも自分の事は
引きづってもらいたくない。
前を見て欲しい。
自分も上に上がる準備は出来ている。
最後に楽しい思い出をありがとう。
ある意味好きだった。
お元気で…。
この後、彼は穏やかな感じだった
そうです…
自分の死も受け入れていると…。
側には、お母さんらしい、年配の女性
の気配がしたそうです
。
(痛みから解放されていると聞けて、
私はそれも嬉しかったです
)
私は、メールでこのメッセージを
受け取りました。
何度も何度も読み返しました。
もう、号泣でした……


でも嬉しい涙に変わって行きました
次回は、私から彼への、
「天空へのメッセージ」
お伝えします🍁
