最近、STARMARIEの中根もにゃちゃんがとーっても気になって、画像見る度にドキドキしとるおっさんです(^^;)

いやー、かわいいんですが、もう美人のほうがぴったりでしょう。
アイドルとして歌って踊ってます。

生でお目に掛かったら、キュン死(死語?)どころか心停止(自分の歳だったら、冗談でなくなりそうですが・・・)しそうです。

さて、今日そんなドキドキが、種類が違うもののもう一個ありました。

それは・・・・・

老母から電話があり、「じーちゃんが興した書店(その息子、ジェイにとっては叔父)が継いでいた)を閉めていた」という話。

少し前だったらしく、ジェイもここ2年ほど行っていなかったので存じていなかった出来事。

母から聞いたことがある話では、農家の息子だった祖父が、戦前の昭和初期に小さな(畳2畳くらい)から始めたそうです。

当時は、問屋が近くになく自転車で遠くの問屋まで買い付けに行き、それを自転車に乗せて売っていたそう。

戦時中もやっていたようですが、この時期の詳しい話は聞いてません。ただし、長年やっていた土地のなかに防空壕入り口があり、閉店した場所へ移る前までフタはされていたものの残っていたようです。

ジェイも、倉庫にあったその防空壕のフタを見ています。見ただけで無く、コッソリとフタを開けてその暗い中を覗いたこともありますが、入ったことはありませんでした。

昭和の時代のほとんどと、平成の今までを歩み、祖父は8年前に他界しました。

翌年、祖母も他界。

祖父は、大正の関東大震災を経験。

「激動の昭和史」と言われますが、その激動した時代にあった出来事を伝えた書物、人を娯楽へ誘った書物、感動を伝えた書物、勉学に励む若者を応援し苦しめたかもしれない書物、子供達を楽しませてくれた書物、疲れたサラリーマンに癒やしを与えていた(ちょっとエッチな)書物、色々な知識を与えてくれる書物、などなどたくさんの「本」をたくさんの人に届けていた書店でした。

ジェイが子供のときは「おじいちゃんのお店でもらってくるもの」というとんでもないガキで、それゆえに本を買うことはほとんど無く、じいちゃんの本屋で祖父は優しいまなざしでいつもジェイに本を与えてくれるのでした。

(ジェイ、ちょっと涙目で書いてます(^^;))

子供時分、たまにレジへ立ちお客さんの本を袋へ入れる手伝い(というなの邪魔?)をしたり、店の裏で学習雑誌や婦人雑誌の付録挟みをしたり、返品本の集計や箱詰め、会計をしたりしていました。高校生ぐらいになると、短い時間ですがレジに一人で立つこともあったり、バイクに乗れるようになってからは配達を手伝うようになっていました。

ジェイが大学へ行って、就職のために信州へ行ってから、町に駅ビルができそこへ店が移転。

近年の、スマホやタブレットなど電子書籍による「紙媒体の減少」だけでなく、購買形態、つまりコンビニやAmazonや楽天など、書店以外での「購入形態の変化」もあり、既存の「町の本屋」はどんどん衰退していきました。

ここにデータがあります。
全国書店数の推移 2003年~2011年

これによると、「9年間で5,800店の減少」「2015年では13,500店(外商のみを含み)を下回っている」だそうです。

ちなみに、外商とは店舗販売以外のことで、企業や学校・図書館へ配達して販売すること。

じいちゃんの本屋も、伯父が配達をしていました。

既存形態を維持する道を選び、場所を駅に移転したものの、結局は廃業。

じいちゃんは駅への移転に反対したそうですが、そのままでも続いたかどうかは誰にもわかりません。


ジェイの目には、書店で残っているのは大型チェイン書店、大型書店、何かに特化した書店(アニメや自動車など)と、ネット書店、そして頑張っている個人書店。

ジェイも書店で「紙の本」を買う、いや「買いたい」人間ですが、電車に乗ると紙の本を拡げている人が以前に比べて非常に減っていると感じます。

スマホやタブレット端末の液晶画面を見ている人のほうが断然多い。

「文字を読むだけならば同じでしょ?」

そのように思う人が大半なのでしょう。

しかし、いや自分の頭が古いのか、紙でないとダメなのです。

紙を指でめくる、インクの文字を目で追う、紙のページが左から右に段々増えていく感覚、そして本のインクや紙の匂い、これが無いと読んだ実感が全くわかない。

化石、と言われようとこれからもジェイは「紙の本」を買い続け、読み続けます。