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突然の来訪者が来たのは潤が卒業を目前に控えたある日だった

俺は変わらずあちこちを飛び回る日々を送っていて、その日は3日ぶりに帰る予定だった


「ただいまー」

疲労困憊の身体を引き摺りながら玄関を開ける
ここでいつも潤のお出迎えがあるのに、今日はない

「じゅーん?」

リビングの灯りは付いているのに…
何かあった?

慌てて靴を脱ごうとすると女性物の靴が一足、玄関に並んでいた

誰?
まさかな?
潤に限ってそんな事はないよな?

不安な想いを抱きながらリビングに行くとそこには見覚えのある後ろ姿と向かい合わせに座る困り顔の潤がいた


「お、おふくろっ?」

「おかえりなさい、翔」

「た、ただいま……って何よ?いきなり」

「まぁ、座りなさい」


ジャケットを脱ぎ、潤の隣に座った途端、潤か立ち上がった

「お、お茶……入れてきます」

「あぁ、ありがとう」

キッチンに向かう潤の後ろ姿を追いながら、おふくろと向き合う


「で、なんか用があるんだろ?」

「用がなければ来てはいけなかったかしら?」

「別にそうじゃねぇけど」

基本、家は放任主義というか男たる者、自分の考えで動きそれにはしっかり自分で責任を持てと育てられた
職人気質の親父らしい考え方だ

特に大学に入ったあたりからは俺が会社を立ち上げた事もあって、両親は手も出さないけど口も出さないから疎遠にはなっていた

それが、なんで連絡もなしに来るんだ?


「今日は翔に大事な話があってきたの」


そう言っておふくろがバックから出してきたのは、よくテレビドラマで見るような白い厚みのある封筒

「これを見て頂戴」

恐る恐るその封筒の中を取り出すとそこには微笑む女性の写真

そんなタイミングで潤がお茶を入れて持って来た

あー、なんてタイミング

「どうぞ……ごゆっくりしていって下さい」

潤はお茶とお茶菓子をテーブルに置くと

「ちょっと買い物してくるね」

と小さく俺に声を掛けて家を出て行った


「はぁ……なんなの、急にこんなの持って来て」

「翔の方から良い人を連れて来るのを待ってたんだけど、良いお話を頂いたからね。
そろそろ会社も落ち着いてきた頃でしょ?
家庭を考え始めてもいいんじゃないかと思ってね」

「いやいや、会社の方はまだまだだし、そんな気もないよ」

「すぐじゃないわよ。とりあえずお付き合いしてみて、落ち着いてからで」

「だから、そんな気はないって」

「誰かお相手がいるの?」

お相手………いるけどな


「いないけど……」

「けど?」

「ま、まだそんな事考える余裕がないって!」

「…………そう」

「うん……そう」

「ふーん……」

「な、なんだよっ」

何かを考えているような意味深な顔だな

「わかったわ、お断りしておくわ」

「あぁ、そうして」

いやにあっさり引き下がるな?

「松本くんだったわね?」

「へっ?」

急に潤の名前が出て焦る

「ルームシェアしてるって、さっきの子よ」

「あ、あぁ……な、なんだよ?」

「礼儀正しい子ね」

「そうだな………」

「お母さん、気にいっちゃったわ」

「はいっ?」

「美人さんだし、仕草は可愛いし、なんなら娘より可愛いわ」

「はぁ……」

俺には妹がいる
それより可愛いって………
嫌な予感しかしない

「ふふっ、心配しなくても取らないわよ」

「………」

どういう事だ?

「とりあえず、こっちはお断りしておくわ。松本くんに会えないのは残念だけど帰るわ」

「急に来るなよな」

「息子に会いに来るのに許可がいるの?」

「そうじゃないけど、俺にだって予定あるんだよ」

「まぁ、そうね。じゃ、たまには実家に顔みせに来なさい。松本くんも連れて」

「暇があれば……ってなんで潤もっ!」

「母さんが会いたいからよ、じゃあね」

なんだかわからないが、諦めてくれたんだよな?


おふくろが去って行った玄関でしばらく立ち尽くしてしまった


「あっ、潤っ!」

慌てて潤の電話をコールするが出ない

買い物なんて嘘なはず
何処へ行った?