※タイトル修正しました

 

こんにちは。

 

吉川英治作『上杉謙信』を読み終えて、感想を書いていたのですが、地震が来てからというもの、止まってしまっていました。・・やっと再開です。

 

世界選手権は決行されるんですね・・

う~ん、どこが選手ファーストなのかなあ・・といつもながら疑問を感じてますが、

ともかくは、結弦くんがまず元気で、ケガなく練習ができていますように・・

 

                          「KISS & CRY 表情の美しき勇者たち 」より

 

さてさて・・

謙信公を訪ね行く旅?の続きでございます。

今回も長いです~ 汗

 

 

『天と地と』というフリープログラム・・

結弦くんが「ストーリーがあって」と言っていた、そのストーリーとは、それは、原作の『天と地と』そのもののストーリーとどのくらい重なるものなのかなあ・・と、もうちょっと知りたいところ・・

 

使用曲に占める時間が長い『新・平家物語』の諸行無常というものも、プラスされているかもしれないけれど、原作(『天と地と』)には表れていない謙信像というのもあるような気がしたものですから、(作者が吉川英治氏なので、『新・平家~』も読んでみたいところですが)

 

まずは謙信公をいろいろ知ることかな、ということで、謙信公を探す旅がまだ続いています。

 

 

 

 

先述の吉川英治作『上杉謙信』。前回コメント頂いた方のお話から、さっそく本を購入して読んだのですが、とても良かったです。(ご紹介いただき、感謝です・・!)

 

歴史に残る名勝負、川中島の戦い第4戦がクローズアップされています。

 

あの有名な一騎打ち(一応、事実ということにして)、その前後の両雄の動き、武田側からの視点も同時進行に置きながら、謙信公の人物像が、丹念に描かれています。33歳(他の資料によると、31歳とも32歳ともとれますが)における謙信公の魅力に迫っています。文字数も多くなく、読みやすく、お薦めです。

 

 

講談社  物語は323頁

 

 

 

それと、その後に、

歴史秘話ヒストリア『謙信、変身!~悩める若者、ヒーローになる~』

 

 

 

謙信公をよく知りたいゆづファンの方のサプライズなご厚意があって、わたしもその貴重なエピソードを知ることができました。これもすごく良かったです・・!

(こちらもひたすら感謝、ありがとうございました!!)

 

 

なかなか、なかなか、なかなか・・!! のお方です・・

上杉謙信さま、すごい・・!!

これは、惚れるわ~・・ ღ´ェ`*) ハート

 

そして、知れば知るほど、結弦くんと重なってくる・・

 

違うところももちろんありますけどね。

つぶつぶおひげとか、お酒好きのところとか。

結弦くんには、ないですもんね。

 

 

     ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・  ・   ・   ・   ・  ・   ・   ・  

 

ここからネタバレになりますが(けっこう、ネタバレやってますよね、わたし、ごめんなさい 汗

あしからずです(なるべくぼかしますが、内容を知りたくない方は読まないほうがいいです)。

 

 

 

まず、小説『上杉謙信』ですが、謙信公の人物像が丁寧に描かれています。

 

①謙信公の人物描写の一部・・

 

「謙信は多感な質である。激しやすく感じやすい。二十歳ごろまでは、ママ女のごとく泣くことすらあった。その前後には、多感なるばかりでなく、多情の面も性格に見られたが、翻然、禅に入って心鍛(しんたん)をこころざしてから一変した傾きがある。」

 

「~その強烈を挙げて、将来の大志に打ち込めて来たのである。大義には哭く(なく)が、小義には哭かない。怒れば国の大事か武将の名かで、平常は至極無口になった。たいがいなことは、切れ長な瞼の辺で笑っている」までになったこと、などなど・・

 

謙信公、小説による33歳(他の資料では32歳になるのかな)のお姿です・・

※ちなみに、この小説では、改名とは無関係に「謙信」で終始、描かれています、

 

 

 

②悩みとともにあった成長の流れ。

 

ここで一旦、歴史ヒストリアを入れますが、それによると。。

 

若いころの謙信は、7歳で林泉寺に預けられ、14歳(『天と地と』とWikipediaでは15歳です)で初陣、21歳で大名(越後守護代)に。そして27歳でストライキを起こし、世捨て人になろうとして、家臣たちに懇願され、城に戻る。この頃は一国の主として、多くの家臣をまとめることが大変だったそう。。

 

『天と地と』によると、この一件で、家来たちが謙信に忠義を誓い、謙信の作る戒めが重んじられていく、と補足できますね。ちなみに、32歳で関東管領に就きます(この時に景虎から政虎に改名しています)。

 

ヒストリアによると、川中島第4戦からは少し先の話ですが、37歳の時に、関東平定の立場上、安房の国(南房総市)の臼井(うすい)城の北条氏を討ちに行き敗退した話がクローズアップされています。

 

この頃には大軍を抱える悩み、謙信(政虎)の利益無視の戦いが理解できない家臣の不満や寝返りなどで、悩みが大きくなったのですが、こうして悩んだことが、謙信の心眼が開くことにつながったんですね。

 

のちの41歳、輝虎の時に、その悩みに対する答えを見出すこととなり、いよいよ「謙信」に改名します。そして、家臣の心を汲んだ戦い方に変わっていくんですね。

(その大きな転換のことはここでは書きませんが、不識庵謙信と改名した由来になる・・)

 

 

そうして、謙信の人気がいよいよ、不動のものとなっていったわけです。

(ヒストリアには、さらに、謙信公の丁寧さがわかるお話も。米沢市の博物館に行ってみたくなりました。)

 

 

 

③ 謙信公の美学

 

話が前後してしまいますが、『上杉謙信』の33歳(32歳か)の頃に戻ります。

 

このヒストリアも合わせると、33(32)歳のときは、まだ謙信と改名する前の成長の途中になりますが、軍勢は2万くらいかな、ストライキを経て家臣たちとのつながりも構築された頃かと。戦の才がますます冴えわたっていたわけですね。

 

川中島、第4回目の戦いに臨むところのお姿とかが、とてもすてきです・・

謙信公の戦いの美学、その一部にすぎないですが、たとえば、次のように、

死地の戦いにおける姿、境地、二つの場面に分けて書きます。

 

 

③-1 死地の布陣での悠々たる姿

 

川中島の海津(かいず)城に本陣を置いた武田軍から、犀川(さいがわ)千曲川(ちくまがわ)を挟んで一里先、すぐ近くの妻女(さいじょ)山に謙信は布陣します。それは、あまりに敵陣近く、深入りしていて、普通はありえない「死地の陣」といわれる布陣でした。

 

今にも攻めてくるかもしれない恐怖が立つのが普通なのに、不安な臣下たちに、「今晩はゆっくり休んでおくことだ」と指示を出し、楯(たて)を床とし、ごろりと横になるんですよ。草を枕に、露にまどろんでは、有名な短歌を詠んだりもする。死地にありて悠々たる境地。。

 

信玄側は想像できなかった布陣に戸惑い、敵陣としばらく睨み合うこととし、その間に使者を謙信側に送るのですが、謙信側は丁重に出迎え、酒でもてなして返します。この時遣わされた使者が、謙信の清楚で穏やかな姿と、その陣地の佇まいの静謐さに衝撃を受け、信玄に報告をします。

 

「死地の戦い」とは、後ろがない戦いというそうです。そんは状況で、こんなこと、できます?

 

ぶったまげました・・! (; ꒪ㅿ꒪)


 

 

③-2 「死中生あり」

 

前日本のFS演技後のインタビューで、「琴の音も入っていますね」と聞かれ、結弦くんはこのように説明をしていました。

 

「あそこは自分の中では、武田)信玄公と川中島で戦った後に、霧に包まれて離れ離れになって、自分と向き合ってる時間みたいな感じなんで。自分と向き合いながら、自分の鼓動が鳴っていることだとか、自分の血が流れている感覚とか、スッと殺気が落ちていく感じが、感じられたらいいなと思います。」

 

                          「フィギュアスケートマガジン 2020-2021 vol.2」より

 

さきほどの、死地の布陣にあるとき、武田側の奇襲の気配をいち早く察知した謙信がさらなる先手に回り、捨て身の戦いを仕掛けます。有名な一騎打ちに出るのですが、相手(信玄)を討ち取れなかったため、信玄側の後援隊が次々駆け付けたため、形勢不利となるをさとって、素早く兵をまとめて、疾走退却します。


この退路が、難を究めました。

 

霧の中、仲間と散り散りになって、犀川の向こうの陣地に戻るときに、案のじょう待ち構えていた信玄の嫡男、義信の軍の攻撃に手勢が半減する中、敵の目をすり抜け、臣下と2人、三牧(みまき)の畠の瀬から川を渡ります。

 

その冷たい川水が、戦いの血や汚れを洗っていくんですが、・・要するに、浄めてる場面です

ね。その時に、かつて24~25歳のとき宗謙和尚によってつかんだことばが、吟じるかのように、詩のつぶやきのように出てきたんです。

 

死中、生アリ 

生中、生ナシ

 

――嗚呼(ああ)、珍重(ちんちょう)珍重。秋水冷ややかなるを覚ゆ。

   謙信、なお死なずとみゆる。

 

戦いにおいては、死を覚悟して戦えば生き、生きようと思って戦えば死ぬことになる。

という意味です。

 

 

結弦くんが言っていた、自分の鼓動、血が流れている感じ、殺気が落ちていく感じ。

 

吉川氏の描く謙信のこの辺りのシーンが、あのフリーの、琴の音のステップシークエンスにはまるんじゃないかなあ、と・・

 

 

「死地の戦い」と「死中生あり」このふたつ揃うだけでも、戦いにおける謙信公の、どこか悟りを得たかのような境地、伝わってくるものがあって、ほんとに凄い方だなあ、と思いました。

 

 

 

 

わたし、平昌での結弦くんを思い出しましたよ。

 

 

                              画面撮りです

 

 

沈黙のベールを脱いで、ついに皆の前に登場した時の結弦くん。

治っていない足の痛みを隠し通しての、戦いは、まさに、後ろがない戦い。

そして結弦くんが平昌で優勝した。

その直後の記者会見で、「全部捨ててきました」と語った。

 

いわば、「死を覚悟して」あの試合に臨んだ。そんな感じだと思うんですよね。

 

※追記します。

「死を覚悟」って、語弊があったかもしれません。死ぬつもりでってことではないです。

すべて捨てるってことは、生きていることで湧いてくる我欲とか、湧いてくる雑意識をすべて自分の中から捨て去るということ。

それが完全になくなるのは、普通は死ぬときくらいですから。それくらいの意識に自分を置いて試合に臨んだんだなと。

 

という意味で、「全部捨ててきました」=「死を覚悟して」と書きました。

このときの結弦くんは、わたしにはほぼ「決死」のお顔に見えたのでした・・

 

 

 

 

④ 歌ごころ・・やまとごころ

 

この小説の終盤、家臣との会話のやり取りの中で、謙信公は、

「兵馬倥偬(へいばこうそう)のあいだにも、歌心はありたく思う」と仰ってます。

 

いくさのために忙しくても、歌心は持っていたい、ということ、そしてこれは大和心(やまとごころ)と申さばそれに似通うよう気もする」とも。

 

「剛に対する柔、殺に対する愛、刹那に対する悠久、動に対する静」

「たとえば、琴の絃(いと)も、懸けたままにしておいては、音がゆるむ。」

「弓は、射るときのほかは、弦を外しておくものぞ」

 

いざというときに力を発揮するためには、緊張しっぱなしは返って逆効果。普段は緩めておく大事さ。歌を詠むのはそれにも通じるということなんですね。

 

 

 

     ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・  ・   ・   ・   ・  ・   ・   ・  

 

以上をまとめた感想・・

 

謙信公の戦いと向き合う姿は、真善美を究めている、もはや芸術なるもの。立ちふさがる壁を乗り越えるたび、人間として成長していく姿が感動的。謙信公がいかに美しいたましいをお持ちの方なのか、と思いました。

 

これも戦のため必要と思って身につけていた、というところが、あらゆることをスケートのために生かしている結弦くんと、これまたずいぶん重なって見えました。

 

日ごろの身なりも食の摂り方も質素で(特別な時にはもちろん馳走もはずみます。)、結弦くんもぜいたくしていない感じですよね。

 

先述のように戦いの陣地さえ、整然したたたずまいだったことも。

試合に臨むときの、ホテルのお部屋をきれいにして出て行く結弦くんとまたも重なりますね。

 

字もきれいなんですよ・・一字、一字が丁寧 ・・

(結弦くんもきれい・・)


 

 

 

 

結局、最後のあのシーンの意味するところ、その前の笛の音を抱くようなシーンの意味するところ、結局のところは、はっきりしたことはわからないままです。

 

             「フィギュアスケートナチュラルブック 2020-2021氷上の創造者」より

 

やはり、『天と地と』そのもののラスト、乃美どののことであるようにも思いますが、私的には、

他に亡くなっていった方や、戦で亡くなっていった味方兵、敵兵のことさえも、プラスしているのではないかなあ・・とも、思ってみたりしてるもんですから。

 

「彼は敵兵すら日本の一民と観ていた」と吉川氏は書いてらっしゃったからです。

これもまた、すてきな境地ではありませんか・・ 

 

※遅ればせながら追記します。

 

最後のシーン、結弦くんが、コレオステップからイナバウワ―を終わった後のスピンのところについて、こう話しています。

「なんかもう戦いたくないんだけど、守らなくてはいけないっていう意味でたたかいつつ、で、最後、謙信公が出家する時に、自分の半生を想い描いているようなイメージで、そこに琵琶を重ねてみました。」

 

吉川氏の『上杉謙信』を読み、歴史ヒストリアの話も合わせると、41歳で悩み解決する気づきまでにはまだ至ってはいないものの、32,33歳の頃、すでに敵兵も一国の民という高い意識を持っていたことになります。

 

結弦くんが言っている出家は41歳、「不識庵謙信」に改名し、さらにwikipedaによると、晩年に、真言宗の高野山金剛峯寺で伝法灌頂を受け阿闍梨権大僧都の位階を受け、不識院殿真光謙信の改名を頂いています。本格的な出家はこのときと思われます。『天と地と』の原作からずっと後になっているんですよね。

 

・・ということで、あの最後のシーンは、41歳の頃の謙信公の境地というか、想いをかさねて、その上で、天を仰ぎ、(恋とかを超えた)その大きくて美しい想いを届けようとしているのではないかな、と思った次第です。

 

説明不足だったかなと思いまして、追記しました。(2/27)

 

 

 

 

 

もう、あたまん中が、謙信公と結弦くんと交錯し合って、たいへんです ハート

 

それにしても、読書はなかなかいいもんですね。 いまごろなに・・(^^;;)

時代の中にすっぽり入るのも、なかなかすてきで、いいですね。

 

 

 

 

おまけです 汗

3月3日(水) 20:00~21:00 NHK BSプレミアムで、

英雄たちの選択「心の壁を打ち破れ! 上杉鷹山 再建への道」が放映されます。

観れる方、興味のある方はぜひどうぞ・・ びっくり

 

 

最後までお読みくださって、ありがとうございます 159344.gif 

 

 

 

 

 

 

 

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