皆さん、こんにちは。
今日はDJ気分で、好きな音楽のことをつぶやきます。 ♫•* (*´︶`*)¸¸♪✧
おつきあいくださるとうれしいです。
結弦くんが演技をするために選ぶ楽曲は、大人になるにつれ、魂に響くものがほんとに多くなった・・というか、もう、ほとんどだなあ。
お正月の、結弦くんのプログラムコンサートで音楽を聴きながら、つくづく感じて帰ってきたわたしでありました。
そしてもう一つ思い出したんですが、「雪肌精」の羽生結弦さんがおっしゃってましたよね。
「フィギュアスケートっていうのは、ある意味『言語』だなって思うんですよね。僕にとっての『言語』。僕は言葉で表現するのがうまくないなって思うことが多々あって…。ただ身体を使って、スケートと一緒に表現するということに関しては、どんな解釈をしたとしても、やっぱり言語関係なく伝わると思うんですよね。だからそれがグローバルな、壁を超えて届くひとつのツールだと思っています。
さて・・
ここで取り上げるのは、そのスケートではなく、音楽のことになりますが。
わたしのお気に入りのひとつにツェッペリンの「天国への階段」という曲があります。
これで結弦くんが滑ってくれたりしないかしら~ ღ´ェ`*)
なんて想いながら聴いてたときがありました。(結弦くんを知る前は、真央ちゃんに想ったなあ・・)
でも・・これを試合で使うのは難しい曲かもしれないな。結弦くんがこの曲を滑ることになったら、どんな風に演じるだろか?とか、想像したものです。・・3年くらい前かな。そうしたら・・
なんと、昨シーズン、宇野昌磨くんがショートに「天国への階段」のタイトルを持ってきたので、
うわっ・・ ガ─il||li(´OωO`)il||li─ン となり・・ ちょっと複雑な気持ちになりました。( ´ᆺ`) ![]()
結弦くんからこの曲が大きく遠ざかった感じがしました (つ﹏⊂)
べつにいいんですけどね。結弦くんが滑りたいなんて、そもそも思わないかもしれないんだし。
皆さんは、原曲をお聴きになったこと、ありますでしょうか?
昌磨くんが試合で使ったのは、たしか、ロドリーゴ・イ・ガブリエーラというデュオの、アコースティックギターによるカバー曲でしたよね。
原曲は、イギリスのロックバンド、レッド・ツェッペリンが1971年に発表した4枚目のアルバムに収められたもので、ロック史上に残る名曲です。
10年くらい前から始まっていたBS-TBSの「SONG TO SOUL 永遠の一曲」という番組で第5回目に登場したほどですから、日本でもかなり知られている曲だとは思います、が。。洋楽をあまり聴かない方には馴染みがないかもしれません。
1971年当時、シングル・リリースしたわけでもないのに、アメリカで紹介されるや否や、そのアメリカのFMなどでリクエストが殺到したそうです。1969年に新しいロックのスタイルを引っ提げて登場してより世界を席巻し続けたのですが、「天国への階段」は彼らの人気を不動ならしめた作品となりました。
これがその4枚目アルバムのジャケットです。
4枚目のアルバムジャケットは無題で、"アルバムジャケットには一切のクレジットや情報が記載されなかった"と、ウィキのレッド・ツェッペリン IVというところでも書かれています。ジャケットの内側の隅っこに、謎めいたルーン文字で書かれたシンボルマークをあしらっただけでした。
ルーン文字で4人それぞれのシンボルとしたもの
それは、グループの名前を出しただけで一定の評価をされることへのちょっとした抵抗を表わしたもので、前作(第3作)のアルバムで、ブルース&ハードロックから一転して(?・・したわけではないか)、アコースティック色が強くなったことへのブースカ批評に対し、「この曲を聴け!!」と言わんばかりの、「答え」を打ちつけたような曲でもありました。(あのアーティストにちょっと似てる~(๑´ڡ`๑))。
メンバーズのお写真追加しました・・上のシンボルマークと順番はあってませんが。
牧歌的なメロディで始まるこの曲。曲の中の1~4小節分の繰り返し(リフ)の使い方が絶妙で、ウィキにあるように、ラヴェルの「ボレロ」のようにだんだんクライマックスに向かい変化していくのですが、変化のつなぎ方がとても自然で、それこそ、「エフォートレス」であります・・![]()
(๑´ڡ`๑)エフォートレス・・エヘヘ (追記・・エフォートレスというよりシームレスと言うべきだったかな?)
そして、音色・・ (ツェッペリンの音のことを書くと止まらなくなるので、ここではがまん・・)
作曲&編曲したのはギターのジミー・ペイジですが、完成度の高さとか、音質やタイミングへのこだわりとか、バランス感覚、いろいろ・・素晴らしいです。・・結弦くんの演技をちょっと思い出す・・
あのオーケストラ指揮者で有名なカラヤンが、「これはクラシックだ!!」と。
「完璧」と言ったことは本当のようです、うん、うん、ほんとほんと (ノ≧ڡ≦) ・・と喜ぶ。。
クラシック音楽 bot さんのツィ にありました。
それを説明する楽曲の構成など、ウィキによる詳しい説明は、こちらにあります。
すごい、計算されつくした曲の作りであるのがわかります。
You Tube から音源を拾ってみましたので、よければ聴いてみてくださいませ。
歌詞の和訳を下に貼っておきます。(いろんな訳詞がありますが、アルバムに付いていた訳詞は、たしかこれじゃなかったかなあ。。)
この歌詞なんですが。
この「天国への階段」は、読み手によって解釈が異なる、ちょっと難解なものになっています。この歌詞を書いたヴォーカルのローバート・プロントは特に意味などないと、言っていたようですが、いやいや、どうして。。(彼は、ときどきかなり文学的な詩を書いています・・)
これは2007年のリマスター版『マザーシップ』からとっているもの。1971年当時のものがなかなか見つからず。
それらしいものがあっても小さな雑音があったので、こちらにしました。
※・・あれ・・?最後の♪・・stairway to heaven・・♪が・・
「天国への階段」
光るものはすべて黄金だと信じている女がいる
彼女は天国への階段を買おうとしている
彼女は知っている たとえ店が皆閉まっていてもあそこに行けば
一言かければ お目当てのものが手に入ることを
おお おお 彼女は天国へ行く階段を買う
壁に掲示がある 「よく確かめなくちゃいけないわ」
時に言葉には裏に隠された意味があるものだから
小川の脇の1本の木にさえずる鳥が1羽いる
時に私たちの考えることすべてが疑わしいこともある
ああ どうしたことか
ああ どうしたことか
西を向くと私にはある感情が生まれ
私の魂は抜け出たがって声をあげる
頭に浮かぶのは木々の間から出る煙の輪
そして立って見ている者たちの声
ああ どしたことか
ああ どうしたことなのだろう
こんな囁きがする もしあの曲を吹くように頼めば
笛吹きは私たちが道筋を立てて考えるように仕向けてくれる
そして長く立ちんぼうしていた者たちに新しい朝が明ける
そして森に笑い声が木霊する
もし君の家の生垣がガサガサ音がしても驚いてはいけない
それは五月祭の女王を迎えるための春の大掃除なのだから
そう,君が行く道は二つあるけど結局
今君がいる道を変える時はまだあるということ
ぶんぶん耳鳴りがしている とてもしつこく思うだろう
もし
笛吹きがいっしょに来ないかと誘っている声だとわからなければ
ねえ君、風が吹くのは聞こえないかい? わからなかった?
君の階段はさらさら吹く風に乗っかって横たわっていることが
道をくねくね進むにつれて
私たちの影は魂より高くなる
ほら向こうにみんなが知っている女が歩いている
彼女は白い光を輝かせ教えたくてしょうがないのだ
どうやってすべてのものが黄金になるのかを
もしよく耳を澄ませば
最後にはあの調べが聞こえるだろう
皆がひとつになり ひとつが皆になり
岩になるときに 転がりはしない岩になるときに
そして彼女は天国への階段を買う
この詩には考えさせらるようなメッセージ性があります。・・とわたしは思う・・
「光るものすべてが金である」なんて常識はずれなことを考える彼女が、なんだってまた、
常識で考える自分たちよりも、天国に行く階段の何歩も先を歩いてるんだろう。
ここが、この曲の投げかけるテーマではないか、と。
輝くものすべてが金とは限らないはずだが?
いや、その裏もあり、なんだと。
その裏もありとすることが、逆に近道であることだってある。
「彼女は教えたくてしょうがないのだ」
それは錬金術のような話でもあり。そうなのかどうかは、わかないけれど。
天国に導くものは、少なくともことばではない。
「時に言葉には裏に隠された意味があるものだから」
ことばを超えたもの。
たとえば、自分たちがこうして届けている音楽そのものがそうだ。
ことばを超えた、そのもの。
理屈抜きの世界のこと、ではないかとわたしは勝手に捉えてみるんですが。
たとえば、お坊さんや牧師さんが幸せに人を導こうとするとしたら。
幸せに導くのはあなた方のお説教のことばではなくて。
あなた方の立ち姿、あなた方の行動、あなた方の境地だよ。
それ次第で、金ではないものも、金に変えられるんだよ。・・みたいな、ね。
・・わかんないけど。
それがわかればもう、自分たちの心は(他者のことばで)揺らぐことはない・・
・・かなあ・・なんて。
彼ら(ZEP)は、自分からそんなことは言ってないけれど、わたしには、そう言っているように思えてならないんですね。
なぜなら、彼らのこのアルバムジャケットのおもてには、何のことばも記されていなかったから。天国への階段の先を歩く彼女の教えたがってることのひとつが、ここに表れている・・![]()
と、わたしは、考えちゃったわけです。そんな、ちょっと深みを感じる曲であります。
矛盾するかもしれませんが、昌磨くんが、歌詞のないものにしたのは返ってよかったかも。
皮肉なことに、彼らの伝えたいこと(ZEP愛好家の解説者やわたしが勝手に思ったこと)は、ことば(歌詞)を使ってます。ことばは大事な時もある。こういう時みたいに。
この曲の伝えたいことを、この曲の素晴らしさを損ねることなく、試合曲として使うとしたら、わたしは、歌詞もつけてこの曲の全部を使わないとならないと思う。・・でなければ、コアなZEP(ゼップ)ファンが聴いたら、きっとストレスを感じるんじゃないかと。・・じつはわたしだったりして・・ʕ·ᴥ· ʔʕ •ᴥ•
そうすると、8分ですよ、8分・・フリー2つ分ですわ。
クライマックスでスピンをグリュングリュン回ったところは、天国に向かって上って行く感じが出ていて、まー・・すごくて、かっこよかった。・・んですけどね。
ちょっと複雑な気持ちがありましたね。。
シーズンが終わるまでは、ちょっと触れられないな~と思い、月日が過ぎるのを、ただひたすら
じーーーーーーーーーーーーーーー ・・・っと、お持ちしておりました。。(。・(エ)・。)ノ
まあ・・どちらにしても、試合に使うには難しい曲。
一部分を切り取るのが難しいほど、切れ目のない流れ。
それゆえの完成度の高さ。
この曲のテーマを知るには、ことばが必要である。
そんなかたちで、ゆったりと、8分かかってこそ、この曲の価値が伝わる。
結弦くんは、曲のテーマを大事にする人だと思います。
だから、この曲を結弦くんが少なくとも試合で使うのは、難しい話になる。
(この辺、少し修正しました)
そんな曲だと思います。。
だから、昌磨くんが歌詞をつけずにギター演奏曲を選んだのは、それをご存じだったかどうかはわからないけれど、ある意味では正解だったように思うのであります。
そして、結弦くん・・
この曲にはご縁がないような気がするけれど、この曲から感じる、音楽の技術と芸術の完成度の高さと、世界観。・・たましいに響く作品・・このありようは、まさに、羽生結弦だ~~ ![]()
そして、昨年末のMOIの実況アナが言ってましたよね~
「ことば以上のものをスケートで伝えられる男、それが羽生結弦・・」いやいや、まさに。
と、結弦くんに想いを馳せながら、久々にこの曲を聴いていたわたしであります。・・はい![]()
ちょっとややこしい話ですが。。
まあ‥書く人がややこしいので・・(。・(エ)・。)ノ
読んでくださって、ありがとうございます 、はい・・![]()
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前々記事のコメントのやり取りで、太田龍子さんの記事について聞かれた感想がピンボケでした。
(lll´Д`lll)ハズカシー
遅ればせですが、先ほどコメントを書きなおしました・・! 今頃でゴメンナサイ ![]()
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