夢・に・生きる ではなく 夢・を・生きる
ささやかなニュアンスの違いを思ってみる。
結弦くんの『夢を生きる』
「生きる」は自動詞だから、「夢を」という目的には直接つながらないはず。
そこを「に」とせず、「を」でつなぐのは何故だろうと思った。
彼は着実に夢を実現させてきた。そして今後もそうなっていくような気がする。
そんな人だからこそ、
夢・を・持って生きる、夢を実現させるため生きる、
という意味を持たせるため、タイトルのような表現になったのかな。
夢の軌道を行くべく、現実を歩いていくというか・・
「に」だと、夢の中にいる感じが・・なんとなく強いもんね。。
と、ちょっと考えました。
いよいよアイスショー祭りが近づいてますね。 (灬'ω'灬) ドキドキ
その前に、ひとつふたつ・・今のうちに書きたいことが。
記者会見のことがまだあるんですが、今日は仕事のことを少し書きます。
4月の初旬に、新しい事業が始まったことを書きました。
事業は調剤薬局です。
これまでの仕事を後輩に引き継いでもらい、
引継ぎの状態を管理しながら、調剤業務を行うことになりました。
そのため今はまだ、仕事がバタバタしている感じです。
学生の頃、生物や化学等の自然現象に興味もなく苦手意識があり、
理科系には行かないはずだった自分が、ある日魔が差して、
その道を選んでしまいました。
そうして社会に出て、いざ仕事について。
病院で患者さんのために薬をつくる人になったのですが、
病気を救うための現場に身を置くうちに、次第に虚無感を覚えるようになりました。
医学がこれだけ進み、新薬がどんどん出てくるのに、患者が減っていく感じがしない。
たまたま、当時の『ライフサイエンス』という薬理の雑誌で紹介された薬品に目が行き、
それより先に別ルートで知った、その自然派の薬品に自分が探していたものを感じ、
その製造販売元へと、仕事先を変えました。
あれから、うん十年が経ち、またあの調剤を始めることになった。。
当面は老人の保健施設への投薬が中心なので、
外来の待ち時間を気にする必要はありませんが、薬の種類が多くて。。
高齢になると、体内で薬を解毒する力が落ち、
こんなに大量の薬を与えてしまったら、肝臓と腎臓の疲弊は早まり、
身体の苦しみは増すばかりだろうな、と思える処方がいっぱいあります。
できることなら、服まなくていい薬は少しずつ減らしていくことができるよう、
ドクターへはたらきかけれるようになりたい。。
うん十年前のあの虚無感の前に、もう一度戻ってきたわけですが、
ただ、今はあの頃とは少し違い、行く手に明るいものを感じています。
昔と違い、同じ考えを持つ薬剤師が近くに現れるようになりました。
皆、口を揃えて、
予防医学を反映した医薬調剤、薬局展開を実現させたい。と言っています。
現代の多くの人は、自ら進んで病気になり、
病気になってから薬で何とかしようとしているようなものです。
診断や治療の技術が進みましたが、それで病気がなくなるわけではありません。
病気はくすりで・・というか合成の薬で、根治するものではないんですね。
その根治するための医薬と食のありかたを提供していきたい。
できるだけ対症療法の薬を使わずに、病を克服し予防していけるよう、
相談に来た方々が生活の質の向上を図れるよう、応援していきたい。
そうして、病の苦しみから救われる方が、1人でも2人でも増えていくなら、
私たちにとって、こんなに嬉しいことはありません。
これが私たちの、またこの薬局の面々の、夢です。
いわゆる利益を生み出すこととは真逆の方向を行くものですし、
そう簡単にできるとは思いません。現実は厳しいです。
焦らずに、でものんびりせずに、
それこそ、結弦くんの言うように「自分を貫いて」
少しずつ、少しずつ・・近づけて行けるといいな・・と思っています。
私は、理科がだっ嫌いです。・・嫌いでした。
なんでこの仕事に就いたのかなと、魔にさされた自分を苦笑することもありました。
けれども、病院を辞め、惚れ込んだ薬のことを仕事とするようになってから、
人の体の苦しみをどうにかしてあげられる希望が湧くようになり、
そのために、あんなにつまらなく見ていた人体の仕組みに興味が湧くようになりました。
理化が苦手で嫌いの私が、好きになってきたという、この変化・・(つ∀<。)
収入は少ないですよ。でも病院勤めを続け、いくら高い給料を
もらっていたとしても得ることがなかっただろう感動が、ここにはいっぱいあります。
私には、こういうほうが向いているようです。
それこそ、命を懸けて、やっていこうと思えるものなんです。
できることなら、良い医療に対する考え方が変わっていってほしいですね。
これまでの医療は、くすりを使って治すことが当たり前とされてきました。
将来的には、いかにくすりを使わずに
病を治せたか、ということが、しかるべき形で評価されていくことを願っています。
治病の概念は、ライフスタイルが表れているように思います。
とたえば物質偏重にある暮らしが少し変わると、
未病を治すということが中心になっていくなど、
治病の主流も変わっていくのではないかと、くすりを眺めながら想い、過ごしています。
遠い理想だけれども、こんな夢を持ちながら結弦くんを見るとき、
たとえば平昌で優勝したあとの記者会見ですが、
やり切った、燃え尽きたって、言っていたけれども、
これは今だけの心境を表しているだけで、
彼の挑戦は終わるわけがないと思いながら聴いていました。
結弦くんは、私たちが見えるところなんかよりも、もっと先を見ている。
もっと先とは、もっと広くて、建設的で、清々しいもので、
決してかけ離れた夢ではないのだと思います。彼の場合は。
結弦くんは、それを実現させるため、
彼の炎を、この先も燃やし続けるんだろうな。
そんなことを思いながら、記者会見のことばを聴いていました。![]()
さて、その記者会見を観て想ったことがまだあります。
次回こそ
おそらくまとまらないと思いますが
書いてみますね。







