ビデオ録画の空き時間が2,3時間しかなくなって、整理するため過去の録画を見ていくと、ある瞬間に目が留まりました。そう、今頃になって?です。

 

誰もが羽生選手の優勝を確信していた、昨春のボストンでの世界選手権。

まさか、すでに壊れかけている左足のことを胸に隠していたとは知らずに見ていた、ショートプログラムに臨むときの何気ない瞬間です。

 

こんなに細心の注意を払って試合に臨む選手が、この映像の前の、直前練習のところで、コスチュームの後ろ姿のことを忘れている(忘れてたんですよね?)のを見て、

「あれっ?」

と、ちょっとご愛敬に受け取って、当時は見ていたのですけど。。

 

 

あの試合からだいぶ月日が経って、なんとなくキャッチした情報を見ると、現地入りしてからこのシーンに至るまですでに、彼に対するおかしな動きがいろいろあったのを知りました。

その情報につけられた主観的な表現はともかく、何があったかという事実だけを追っても、

 

爆弾を抱えているような状態の足の苦痛に加えて、相当の想いが渦巻いて、この、ショートに臨む瞬間まで、彼の中で、もの凄い嵐になっていたのだと思いました。

「ぐちゃぐちゃだった」と言っていましたもんね。

 

結弦くんは、ぐちゃぐちゃになるようないろんなことを一気に受け、そして自分の中でそれと闘っていたのだと、後から知ったわけです。

 

それを知ってから今、改めてこのシーンを見たとき、

 

 本当は泣いてるのかなとも思える表情・・・

 

 でも、ここからなんだ・・

 

 ・・!!・なんてきれいな前向きな表情・・そして、しろ目の青さ・・!! ハート

 

 

少し笑みを含みながら顔を上げたこの瞬間、

彼の強さの証しをここに見た気がしました。

切り換わる瞬間です(あくまで私がそう思って見るだけですが)。

 

まさに忍辱(にんにく)をものにしたというか、重ったるいものを持ち上げた瞬間だと思いました。キラキラ星

 

 

 

私の気に入っている書物に、人間修行に触れたものがあり、「忍辱」について書かれた箇所があります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(一部抜粋)

(忍辱とは)人間社会に生を受けて生を全うするまでの間、人間は苦海を泳ぐようなものであるから鉄のような意志と強い実行力をもって、せかず、さわがず、あせらず、いそがず、しかも機を見て逸することなく、用意周到、怠ることなき態制を整える心構えをいうのでありまして、簡単なようで仲々難しい修行であります。

 

気短でも困るし、気長でも困る。いわば中庸を得て潮時を待つとでもいったようなことであります。退かず、進まず、足踏みして停止せぬ態制を持する修行を言うのであります。

・・・動にして静、静にしてして動といったものが含まれているだけに、その中間を持するのが難しいのですね。

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という一節です。

 

 

ここに「中庸」ということばが出てくるように、

 

忍辱をものにできる人は、中庸を体現できる人。

逆かな。

中庸を得ているからこそ、忍辱もいとも簡単にできてしまう人。

かな。

 


 

皇帝プルシェンコ様が、「ユヅルは軸を持っている」と仰った。

ジャンプの「軸」と同様に感じる、人間としての「軸」。

 

その軸をブレさせるようなことがいろいろ選手生活の中で、私たちの日常の中でもまた、起きてくる。怪我・病気などで不測の事態が起きたときとか、言われもないこと、心無い言動で気持ちを乱されるようなことが起きたときとか。

 

自分に向けられるものが何であろうが、それに振り回されない自分を、つくっていくことこそ大事だと、結局は自分の課題として受け止めることを、私たちは人生を通して学んでいく。

 

頭では簡単にできるように思うけれど、いざ、その渦中にあるとき、振り回されている自分に気が付かない。

 

そこに自分のメスを入れて感情や意識のズレを認め、意識の方向転換を実施する。それが行き過ぎたと思ったら、また方向付けを微調整して、ちょうど良い収まりどころを見出していく。

こうして、自分の中の意識の偏りを直していって、全体にバランスのとれた状態を、つくっていく、彼の姿・・。

 

2年くらい前でしたか、『羽生結弦 王者のメソッド 』を読んだ時、結弦くんはそうやって、自分の中にバランスのとれた状態を着実に積み上げていってるんだな・・つまり、結弦くんはまさに中庸というものを究めていく人なんだな、と思いました。

(※中庸というのは、またどこかで触れますが、「中立」とか「中間」とはちょっと違います・・)

 

「軸」といってもいろいろあると思うんですが、そんな中で、結弦くんの「軸」は、「中庸」という、なんか凄いものに支えられた「軸」なのではないか・・ 

 

・・・なあんて・・ちょっと考えちゃいました 照れる 汗

 

 

そういう彼なので、講談社への抗議のこと(11/25の記事)や自分にできる応援のかたち(前々回の記事)をブログに書きながら、

 

私なんかはこうして、彼を守らなきゃという動きになるけれど、たとえ誰かが必死になって守ることをしなくても、不測の事態や心無い人の言動があっても、彼は、見事にそんなことを超えてしまう人だなと。

結弦くんの持っている自力で切り開いていく強さも、実は同時に思ったんですね。

(それでも、言うべきことを発していくことは大事 星 )

 

 

あの、厳しい状況の中、目の前に起きていることをすべて、

笑みに換えて受け入れているかのような、このショートのときの表情。キラキラ星

 

・・・・我慢するとかしないとか、そういうのを通り越した一瞬・・

彼の美しい何かに触れたかのような、結弦くんの精神力の凄さ、

・・というか、穢れのない美しい強さというか・・

 

「忍辱」なんてことも簡単に超えてしまうような、彼の「中庸」のなせるわざのようなものを、この映像のワンシーンに感じたのでした。

 

私、ほんとにもう、理屈こねるのが好きで、こんなふうにゴチャゴチャ書いちゃうんですけど、

とにかくもう、こういうシーンを見ていると、

彼が、今与えられた試練を、ほんとに乗り越えられるだろうと、確信のようなものが湧いてくるんです。

 

変な話かもしれませんが・・

・・ちょっとは参考にしてもらえるかしら・・?あせ

と思って、ちょっと書いてみました。

 

 

本物の強さを持つ結弦くん・・平昌のときは、絶対大丈夫だよ・・!!!  ガッツ

きっと、素晴らしい景色が待ってるよ・・!! ブルースター

 

 

 

 

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 冒頭のシーンから演技を終えて吠える直前。

 ぐちゃぐちゃを制圧した瞬間でした・・!!・゚・(。>д<。)・゚・