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jun2980さんのブログ

 何にでも興味をもっています。今、ミステリー小説の連載中です。また、韓国ドラマ、良い加減料理や難病の膠原病をテーマに写真なども載せながらつぶやいています。皆さんのペタやコメントが励みになります。どうぞよろしくお願い致します。



        第4話


早川舞子が演劇部の練習を終えて、自分のマンションに帰ったのは6時半を過ぎていた。

玄関を開けると、たたきに父の靴が脱ぎ置かれていた。

3歳年上で高校2年の姉、踊子の靴はなかった。

今日は舞子が夕飯当番だった。

舞子がキッチンにいくと、カレーのにおいがしている。

父はカレーしか作れない。

「お父さん、どうしたの?」

父の後ろ姿に舞子が声をかけると、

「ああ、今日、仕事が早く終わったからカレーを作った」

振り向きもせずに、なべの中をかき混ぜている。

「今日、私の当番だったのに」

「ああ、いいよ」父が言う。

「もうすぐ、出来るから」

「じゃあ、着替えてくる」

キッチンからリビングを通って、玄関に一番近い自分の部屋のドアを開けた。

部屋に入って机に向かうと、着替えるより先に、今日の中間テストの問題用紙、5教科をカバンから出して、あらためて見直した。

得意な数学の連立方程式の設問で式を作る問題に、自信の無いところがあった。

野口怜那に電話をして確かめたいと思ったが、机の上の置き時計の針が7時近かったのでやめた。

7時に怜那の家庭教師が来ることを知っていたからだ。

「舞子。ごはんを食べよう」

父の呼ぶ声がした。

「はーい」と、返事をしてから舞子は急いで着替えた。

リビングの隣りの和室に母の仏壇がある。

舞子は食事の前に母の仏壇の前で手を合わせてから食卓の椅子に座った。           

「お姉ちゃんは?」

「さっき、電話があって、遅くなるって言ってたよ」父が答える。

こうして、母のいない生活をするようになって2年が過ぎようとしている。

向かい合って、父と食事をする。

しかし、父は舞子と目を合わせようとしない。

「テスト、出来たかい」父が聞いた。

「うん。まあまあ」

それで、会話は途切れる。

父は母の死に方にこだわっていた。

舞子もこだわっていた。

そして、姉の踊子が最もこだわっていた。

今日も姉の踊子は帰って来ないのだろう。

この息詰まる家から踊子は逃げているのだ。

お姉ちゃんはいいなあ。

私も早く大人になって逃げたい。

舞子はそう思った。


野口怜那は家庭教師の高遠稔の横顔を見ていた。

「怜那ちゃん、テストはどうだった?」

高遠先生の彫りの深い顔が怜那を見て言った。

「全部100点を取れると思う」

怜那は心臓の高鳴りを悟られまいと、わざとすまして答えた。

「それはすごいな」

高遠先生は高慢知己な怜那を少し持て余していたが、ちゃんと向き合って返事をした。

高遠先生と勉強するようになって、3年近くが過ぎた。

怜那が小学校6年の時、私立中学校を受験するために家庭教師を両親がつけてくれた。

その時、高遠先生は北斗医大の3年生だった。

現在は研修医になっている。

怜那は初めて会った12歳の時に、すでに高遠先生への憧れを持っていた。

ただ、それだけで、高遠先生のプライベートなことは何も知らない。

それでも、8歳も年上の男性に初恋をしたことが、怜那の大人ぽっさに拍車をかけていた。

勉強を頑張るのは高遠先生に褒められたい一心だった。

陸上を頑張るのも高遠先生に褒められたい一心だった。

だから、前川美紀の言葉の暴力にも堪えられるのだ。

「怜那ちゃん。陸上競技会はいつだった?」

「10月6日」

少しでも自分に関した質問を問われると、怜那は動揺を隠すためわざとつっけんどんに答える。

「怜那ちゃんは偉いな。文武両道を成し遂げているんだから」

高遠先生の褒め言葉に、本当は飛び上がりたいほど嬉しかったが、怜那は無表情を装う。

「先生、早く勉強しましょう」

怜那は愛想なく促した。

高遠先生は苦笑いをしながら「そうだね」と頷いた。


怜那は高遠先生が帰った後も、高遠先生と予習をした数学の「相似の条件」を、必死に覚えていた。

そこへ、携帯の受信音が邪魔をした。

登録表示を確かめると、舞子からだった。

「舞子。どうしたの?」

怜那は背伸びしながら電話に出た。

「稔ちゃんとの勉強、終わった?」

舞子はいつもこんな風にからかってくる。

「稔ちゃんとの勉強、終わったわよ」

怜那も14歳の少女らしくおどける。

高遠稔先生といる時とは随分と違う。

「乙女心、キュンキュン、どうだった?」

舞子は尚も続ける。

「舞子。いい加減にしてよ」

相手にしていたら、いつまでも続くのが、舞子の悪い癖だ。

「怜那はいいなあ」

舞子が突然、神妙な声を出した。

「何が?」怜那の切れ長の目にきかん気な光りが走った。

「怜那はいいなあ」いつも舞子はそう言う。

舞子のその羨む気持ちと妬む気持ちは、紙一重の危険さをはらんでいた。

          つづく  

最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。

コメントをいただけたら嬉しいです。


         愛川るな 



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午後12時45分撮影


今日の札幌は31℃

そんな中で我が家の紫陽花が、やっと咲き出しています。

「梅雨の中で咲く紫陽花」ではなく
「炎天下で咲く紫陽花」



ハート形の紫陽花

こういうの見ると、嬉しくなっちゃう(*^o^*)


ママを見つめる檸檬


多分、散歩行きたいんだよね?

でも、ママは今日、ねむー~い。


困ったママ。


ごめん、檸檬。



           愛川るな 



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野口怜那は陸上部の筋トレを終えると、理沙の待っている2年3組の教室に戻った。

後ろ側の戸が開いていた。

怜那が音を立てずに入っていくと、
岡田理沙が自分の席にちんまり座っていた。

気を張り詰めた後だった怜那は、理沙の後ろ姿を見て、気持ちが緩んだ。

教室には理沙以外、誰もいなかった。

中間テストが終わった今日、部活動が無い生徒は、みんな一目散に帰宅したのだった。

「理沙、お待たせ」

怜那のかけた声に理沙がくるりと振り向いてにっこりと微笑んだ。

「何していたの?」

怜那はそう言って、理沙の隣りの席に座った。

「何もしていなかったよ」

理沙の言い方には屈託が無い。

「舞子はもう帰ったの?」

怜那が理沙に尋ねた。

「演劇部がまだ終わってないんじゃないかな」

早川舞子は演劇部に所属している。

「舞子は演劇部の子達と帰るものね」

理沙はそれには答えずに、

「ねえ、怜那」

少し真剣な顔をして怜那に向き直った。

「相葉先生が言っていた『人生にも王道なし』って、どういう意味?」

さっきの相葉百合子先生の言っていた言葉だ。

「うーん…わかんないな」

怜那が小首を傾げて考えてから、

「人生も生きていくことは簡単じゃないということかな」

怜那は前川美紀のたまご形に整った顔の中にある意地悪い目を思い出していた。

「ふーん」

理沙が分かった風でもなさそうな返事をした。

「理沙。理沙の夢はなあに?」

「夢?!」

怜那の問いに理沙は頓狂な声を出すと笑い出した。

「そんなのないよ。っていうか、わかんないよ」

怜那は理沙にはこういう話は無理かも知れないと思った。

理沙は何も考えていない。

「怜那は夢があるの?」

「あるよ」

「へえー!どんな夢」

理沙はいくぶん、興味を覚えたのか、おかっぱ頭を揺らせて聞いてきた。

「ひ・み・つ」

怜那がはぐらかすと「もう帰ろう」と言って、席を立った。

「いや~!ずるい」

理沙がほっぺたをふくらませているのにもお構いなく、怜那はカバンを抱えて教室を出た。

校門を出ると、怜那と理沙は右と左に別れて手を振った。

雨は止んでいた。

怜那が腕時計に目を走らせると、5時を少し過ぎていた。

15分ぐらい歩いた先に家がある。

7時に家庭教師の高遠稔先生がやってくる。

その前にシャワーを浴びて、夕飯を食べておきたい。

稔先生に会える…

そう思うと怜那の心が弾んだ。

怜那は歩みを急いだ。


理沙は20分ほど歩いて家に着くと、玄関の鍵を開けた。

母は仕事に行っている。

理沙は2階の自分の部屋に入ると、カバンを乱暴に机の上に置いて、ベッドの上に仰向けに寝転んだ。

「夢か…」

さっき、怜那に聞かれた「夢は何か」という言葉を理沙は、帰る道々はんすうしていた。

「何もないなあ」

理沙は特に何になりたいという考えがなかった。

勉強も出来ないし、運動も苦手だ。

歌も下手だし、絵も描けない。

だから、全てが出来る怜那に憧れている。

「あっ!私の夢!」

理沙は、はっと気がついたように低く叫んだ。

「怜那になること」

絶対不可能だと自分に言い聞かせながらも、理沙はそう思うのだった。

理沙は怜那にこれから、辛い試練が待っていることを、そして、理沙自身も巻き込まれていくことなど、知る由もなかった。


          つづく

最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。

コメントをいただけたら嬉しいです。



           愛川るな 



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午後1時31分撮影


今日の札幌は28℃

昨日一昨日とめまいしそうな気温だったので、今日は少し、息が出来ました。


今日は「北海道ドレスメーカー学院」の生徒さん達のファッションショーがあり、観に行ってきました。

オートクチュール
キッズ
メンズ
札幌発信で広めようとしているビクトリア時代のロリータファッション
ウエディングドレスなど。。。

さまざまなファッションがあり、とても楽しめました。

これは、、よく分からないと思いますが、ウエディングドレスのファッションショーのワンシーンです。



今日のるなファッション



午後4時12分撮影



帰りは札幌駅で遊んじゃいました。

いつもはバスで帰るのですが、今日は列車で帰りました。

その帰り道に面白い看板がありました。

うーん…

抱えても不可。

では、おんぶは?

と、突っ込んでしまいました(笑)


           愛川るな 



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第30回夏季オリンピックが開幕しましたね。

ロンドンオリンピックは3回目だそうで、同じ地で開催される回数としては3回は史上最高だそうです。

近代オリンピックが初めて開催されたのは、1896年。

アテネが開催地でした。

日本が初めて参加したのは、1912年、第5回ストックホルムオリンピックです。


日本で初めて開催された第18回東京オリンピックは1964年でした。

本当は1940年、第12回に東京オリンピックが予定されていたのですが、日中戦争のために返上されました。

それで、ヘルシンキで開催されることになりますが、結局は第二次世界大戦の影響で中止になります。

それにしても、1964年の東京オリンピックで、初めてカラーテレビを視た時は、本当に驚きました。

東京オリンピックがきっかけで、カラーテレビが普及されましたが、まだ一般家庭にはなく、私が視たのは街頭テレビの女子体操競技でした。

どこかの外国の綺麗な女性選手が、真っ黄色のレオタードに身を包んで、床運動をしていました。

真四角な箱の中では、白黒の世界が当たり前でしたから、その鮮やかな黄色を視た時は、卒倒しそうなくらいびっくりして、信じられなかったのを覚えています。


1980年のモスクワオリンピックでは、ソ連がアフガニスタン侵攻したということで、アメリカが参加をボイコットしました。

当然、アメリカと同盟を結んでいる日本もボイコットしました。

日本代表の選手達が泣きながら、出場したいと訴えているようすをテレビニュースで知りました。

あの場面は、今でも思い出すと胸が痛みます。


まだ、ロンドンオリンピックが始まったばかりで、気が早いのですが、4年後の2016年はリオデジャネイロで開催されます。

南米で行われるのは、初めてだそうです。

そのまた4年後、2020年のオリンピックには、イスタンブール(トルコ)、マドリード(スペイン)、そして東京(日本)がエントリーしているそうです。

2020年、東京オリンピックは実現するのでしょうか…

それはともかく、現在、行われているロンドンオリンピック。

ガンバレ、日本!!



           愛川るな 



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