第6話
「どうして私は何にも出来ないのかな」
岡田理沙はベッドの中で仰向けになって、天井を見ながらつぶやいた。
前に野口怜那が教えてくれたことがある。
一年生の時だ。
数学で座標について勉強した時だった。
「座標を発見した人はフランスの数学者のデカルトという人。デカルトは寝ることが好きで、寝ていたとき天井を見ていて、座標を発見したんですって」
自分は天井を見ていたって、何も発見しないや。
理沙はため息をついた。
暗闇の中で、白い天井はほのかにそれらしくあるだけで、別に何の意味も示さない。
馬鹿馬鹿しい。
理沙は寝返りを打った。
そのとたんに、階下から父の怒鳴り声が聞こえてきた。
そして、母の叫び声。
まただ。
また、今夜もだ。
どうして、家の親は喧嘩ばかりしているんだろう。
理沙が物心ついた時から両親の喧嘩をみてきた。
何が原因なのか、その日その時によって違う。
父は気まぐれで機嫌の良い時は良いが、悪い時は悪い。
理沙は慣れっ子になっていた。
階下での怒鳴り合いは続いている。
理沙は再び座標を思い出していた。
横の数直線がx軸だったけ。
縦の数直線がy軸で…
x軸とy軸の交点Oが原点。
x軸を右の向きに進んで、y軸を上の向きに進めば正の方向だ。
そこで位置を決める。
怜那はどんどん正の方向に進んでいる。
舞子もだ。
自分だけがx軸を左の向きに進んで、y軸を下の向きに進んでいる。
自分はどんどん負の方向に進んでいる。
理沙は不安を抱えていた。
夢…
今日、帰る時、怜那に聞かれた「理沙の夢はなあに?」という言葉が、頭の中を回り出した。
いいんだ、私。
勉強も出来ない、スポーツも出来ない、何にも出来ない私。
何にも考えていない私。
そのキャラが一番気楽なのだ。
理沙は自分にそう言い聞かせた。
階下では、まだ両親の喧嘩が続いていた。
次の日、中間テストの採点された答案用紙が返ってくることになっていた。
一時間目は数学だった。
数学担任は陸上部の顧問の中川先生
なので、怜那はどうしても満点を採りたかった。
中川先生は現在32歳で、若い時に結婚していて2人の子供がいた。
筋肉の引き締まった体をしており、背も高かった。
女子校で男子生徒がいないこともあり、他の男の先生がおじいちゃん先生ばかりということもあり、中川先生は人気があった。
怜那は高遠先生に予告宣言したとおり、100点だった。
怜那は格別嬉しそうな顔もせず、それが当然のような顔をしている。
ショートカットのよく似合う小麦色の肌の怜那の顔は、もはや少女のあどけなさはなく、むしろ野性味を帯びていた。
一時間目が終わり、理沙と舞子が怜那の机に集まった。
舞子は不安だった連立方程式の式が立て方がやっぱり間違っていて96点だったと悔しがっていた。
理沙は21点の点数を見せて、屈託無く笑っていた。
今日は天が高く、色々な形の雲が少し早めに流れていた。
怜那は、今日は校庭で思いっきり走れると思うとワクワクしていた。
放課後、陸上部の練習が始まった。
中川先生がウォーミングアップしている怜那のところにやって来た。
「野口。数学、よく頑張ったな」
中川先生の精悍な目が優しく笑っている。
「この調子で大会の方も頑張れ」
中川先生にそう言われて、怜那はさすがに気持ちが引き締まった。
礼儀正しく「はい」と返事をした。
今日も理沙が怜那を待っている。
走る怜那を見るのが理沙は好きだった。
怜那はただ単に走るのが速いというだけではなく、走るフォームが誰もが見とれるほど美しかった。
均整の取れた長い脚が翔る姿は一度見た者は、目に焼き付くほどだった。
中川先生が怜那の元を離れたとき、理沙と目が合った。
理沙は嬉しそうに手を振っている。
怜那も微笑んで目で合図を送った。
そんな様子を刺すような目つきで、前川美紀が見ていた。
つづく
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愛川るな
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