第7話
陸上部の練習が終わって、更衣室で着替えていたときだった。
野口怜那がふと顔を上げると、前川美紀がふてぶてしい顔で、怜那を見ていた。
美紀の横で、内山信子が癖のありそうな目つきで怜那を見ている。
遠巻きに2年生6人と1年生が8人がいた。
3年生は引退をしていてすでにいない。
「野口さん」美紀が呼んだ。
呼び方が上から目線の言い方である。
「中川先生と仲良く、何を話していたの」
怜那は「別に」という風に、じろりと美紀を見やった。
美紀にとって、怜那のそのような態度がしゃくに障る。
しかし、敵意に満ちた美紀の視線に怜那はたじろぎもしなかった。
「勉強が出来て、最高記録を持っているからって、いい気になるんじゃないわよ」
怜那は下唇をじっと噛んだ。
「信子。やりな」
美紀があごで怜那のカバンをしゃくった。
とたんに、信子が怜那のカバンを持って更衣室の外に飛び出した。
と、そこへ、理沙が両手を広げて立ちはだかった。
「やめなよ!怜那のカバンをどうする気?!」
美紀が面白くなったというような、にんまりした顔になった。
「まあ、頭が悪い割には、威勢がいいんだね」
理沙を見下すように、皮肉たっぷりの口調で言った。
「関係ないじゃない!」
理沙も負けじと言い返した。
「前川さん。どうして怜那をいじめるの?」
「いじめ?誰が誰を?」
美紀は肩をすくめてとぼけた。
「前川さんは怜那の活躍がうらやましいんでしょう。でも、怜那は100メートル走だし、前川さんは走り幅跳びだもん、関係ないじゃない」
美紀のたまご形の顔がみるみるうちに赤くなった。
「理沙。いいの」
怜那は興奮している理沙を制すると、信子の手から自分のカバンをもぎ取った。
泣きそうになっている理沙の背中を押して2人は更衣室を出て行った。
怜那と理沙はいつもなら校門の前に出ると、右と左に別れるが、今日はすぐに別れることができなかった。
理沙は興奮から泣き出していた。
校門の前で話していると、前川美紀と取り巻きがやってくる。
「シークレットベンチへ行く?」怜那が理沙を誘うと、腕時計に目を走らせた。
6時半を過ぎたところだった。
もうすぐ秋分である。
太陽はほのかな明るさを残していたが、すでに西に落ちていた。
今日は木曜日なので高遠先生は来ない。
高遠先生は月・水・金曜日に来ることになっている。
「うん」理沙はもちろんうなずいた。
学校の向かいにマンションが林立している。
道を渡って、マンションとマンションの間の細い道を進んで行くと、都会とは思えない林に出くわす。
その片隅に少し朽ちかけているベンチが忘れられたように置かれていた。
怜那と理沙、そして舞子の3人は誰も来ないそこを「シークレットベンチ」と呼んでいた。
シークレットベンチに座ると、怜那と理沙は顔を見合わせて笑った。
「理沙、ありがとう」怜那は素直に礼を言った。
「前川さん、自分が中心になって注目されていないから、不安なんだよ」
そんな風に分析する理沙が、怜那には大人に見えた。
「そんなもんなの?前川さんって、欲張りだね。前川さんだって、そこそここに綺麗な顔しているし、幅跳びだって、結構、記録出しているのにね」
「あの人、何となく不思議なオーラを持っているじゃない。小学校の時、一緒だったけれど、何でも一番で誰もが一目置いていたのよ。その位置を脅かす怜那が現れて、妬んでいるんだよ」
「そんなの…人は人。自分は自分じゃん」
怜那はつま先で地面を蹴った。
「そうはいかないのさ。私みたいに馬鹿で何やっても得意なものがないと、あっさり諦めつくけどさ」
「やめなよ。理沙」
怜那に言われて理沙はきょとんとした。
「理沙は強くて優しいよ。人間として一番必要なことだよ」
怜那はそう言いながらも、ちょっと後ろめたさを感じていた。
理沙より自分の方が秀でている…
だから、安心していられる。
そう思いながら、怜那は理沙に助けられている。
しかし、理沙はそこのところを感謝しながらも強く意識をしていなかった。
つづく
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愛川るな
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