第5話*小説『14歳の積み木』 | jun2980さんのブログ

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        第5話

「私の何がいいの?」

野口怜那はもう一度早川舞子に聞いた。

「だって、怜那の家はお金持ちだし、怜那は美人で、勉強も出来て、スポーツも出来るし、それに…」

そこで、舞子は言葉を切った。

「それに、何?」怜那が続きを促す。

「お母さんがいるし…」

怜那は何か言おうとしたが、のどの奥で言葉が絡まってしまった。

言葉に詰まって困っている怜那を察して「あ、ごめん」舞子は謝った。

気を取り直した舞子は、今日の数学のテスト問題の答えの確認を怜那にした。


怜那はベッドの中で何度も寝返りを打っていた。

何か胸の中でモヤモヤしている。

舞子が並べ立てた「いいなあ」の条件を頭の中で繰り返す。

お金持ちか…

確かに家はお金に困ったことはないのだろう。

家も立派だし、家の中の調度品も立派だ。車もドイツ製の車だ。

だからといって、欲しいものを何でも買ってもらえる訳ではない。

それは怜那の両親の教育方針である。

生まれた時からそんな環境だから、
別段、お金持ちがいいとも悪いとも思ったことはない。

だだ、舞子が最後に言った「お母さんがいる」という言葉は怜那にはどうすることも出来ない。

怜那と舞子は小学校が違っていた。

舞子は多くは語らなかった。

怜那も聞き出したことがない。

小学校が同じだった岡田理沙に、舞子のお母さんは不倫をしていて、その不倫相手と車に乗っていて交通事故で死んだと聞かされた。

舞子が小学校6年生の時だったと。

「3歳年上のお姉ちゃんがぐれて大変だったらしいよ」理沙が耳打ちした。

もし、私が舞子だったら…

母親が死んでしまったことだけでも辛いのに、死んだ理由がそんな理由だなんて…

そう思うと、怜那はいたたまれなかった。

「舞子のお父さん、まだ立ち直っていないみたいだよ」

理沙はそんなことも言っていた。

お母さんが旦那さんがいるのに、違う男の人と恋をする。

そんな悪いことをどうして、舞子のお母さんはしたんだろう。

怜那には到底理解出来ることではない話だった。

怜那には姉と兄が一人づついる。

姉は22歳で今年社会人になった。

兄は18歳で今年大学一年になったばかり。

それから妹が2人いる。

小学校4年生と2年生だ。

そして、今、母は妊娠8ヶ月だ。

それも今日の医学によって男の子と判明している。

それを判った時の父と母の喜びようは尋常ではなかった。

子供達の前なのに、誰はばかることもなく、両親はハグをし合って喜んでいた。

子供達が目のやり場に困っていても、おかまいなしだ。

どうしても男の子が欲しくて諦められなかった両親は、7年ぶりでやっと、久々の男の子を授かった訳である。

どんな環境が与えられても、それは偶然なのだ。

苦しいことも辛いことも、後から必然だったと分かったとしても、その時は納得出来ない。

その時はその中でしか、自分の人生は回っていないのだ。

ふと、怜那の頭の中に前川美紀の顔が浮かんだ。

一度、姉に前川美紀のことを相談したことがある。

「大人になって社会に出たら、もっともっと嫌なことあるのよ。怜那はあまりにも優秀だから、妬んでいるのよ」

取り合ってくれなかった。

姉とは8歳、年が離れている。

姉も怜那と同じ傷つきやすい年代を通ってきたのに、大人になった今、すっかり忘れているようだ。

大人になるともっと大変だから、今を我慢しなさいと言われても、怜那は今を生きているのだ。

大人の辛さのことなど、どうでもいい。

母には心配かけたくないので、何も打ち明けられない。

兄は言葉数も少なく、何をしているのかよくわからなかった。

「怜那はいいなあ」舞子の言葉がよみがえる。

「私は孤独なのに、いいといえるの?」

怜那はいつも孤独感に怯えていたように思う。

怜那は仰向けになって、暗闇の中でかっと目を開けて、天井を見つめた。

私には陸上がある。

前川美紀のいじめから逃げてしまったら、私の世界を小さく閉じてしまうことになる。

高遠先生に褒めてもらうためにも、陸上競技会で最高記録を更新しなければ。

怜那の切れ長の目には力強い決心が宿った。

「私はオリンピック選手になるの」

怜那は自分の夢を口に出して、はっきり言ったのだった。


          つづく 


最後まで読んでいただいてありがとうございます。

コメントをいただけたら嬉しいです。


           愛川るな 



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