第24話
地下鉄中島公園駅の南口に僕は降り立った。
地上に出ると、もう外は暗かった。
空から降ってくる雪の結晶が大きくなっている。
ああ、もう晩冬なのだ。
いくら降っていても真冬のような厳しい寒さはない。
僕は東に歩いた。
南を振り向くと、Pホテルの青い壁が暗闇の中で浮かんでいた。
おそらく、もうすでに、萌子さんはチェックインしているだろう。
僕はもはや、萌子さんに会えるときめきは失せていた。
僕は自分の狡さに自分で呆れていた。
正直、萌子さんに会うのは憂鬱だった。
果たして、萌子さんは僕が萌子さんのご主人を殺したことを知っているのだろうか。
実亜の裁判はこれから始まる。
ご主人が援交を迫り、脅迫していたということで、かなりの情状酌量はあると弁護士は言っていた。
もちろん、僕は実亜の弁護のためには、証言を惜しまない。
僕が殺したのだから。
Pホテルのガラス張りの玄関に入り、真っ直ぐ受け付けに向かった。
萌子さんの名前を言うと、受け付け嬢が「承っております」と応じてくれた。
部屋の番号を教えてもらい、僕はエレベーターに乗り込んだ。
7階で僕は降りると、740号室の部屋の前に立った。
緊張が僕の体の中を走っていく。
ドアを叩こうとする手が震えていた。
しばらく躊躇って、僕はドアをノックした。
ほどなくして、ドアが開けられ、そこに萌子さんの姿が現れた。
萌子さんは僕を認めると「どうぞ」とドアを僕に預けた。
先に歩いていく萌子さんの細い後ろ姿を、僕は後ろ手でドアを閉めながら見つめていた。
僕は靴を脱ぎ、揃えて置かれているスリッパに履き替えると部屋の中へ
入って行った。
シングルベッドが2台並んでいる向こう側に、1人用のソファーが向かい合わせに置かれている。
萌子さんは「どうぞ、おかけください」と、僕を招いた。
僕が一礼して、ソファーに腰かけると萌子さんも向かい側に座った。
「この度のことを何と言ったらいいのでしょうか。本当に申し訳ありませんでした」
そう言って、僕は深々と頭を下げた。
僕は萌子さんの顔をまともに見ることが出来なかった。
「あの人はもう灰になりました」
萌子さんは淡々としていた。
「あの人のことは…」
一度、言いよどんでから
「あの人のことはもういいんです」
「…でも」
僕の言葉を制して
「実亜ちゃんのことを守ってあげて」
萌子さんは真剣な声で言った。
「ご主人が殺されたのに、何故、冷静なんですか」
僕は思わず萌子さんを見た。
「私に責めてほしいの?」
「いや、そういう意味ではないです」
僕は口ごもった。
「私が責めたら、秀治君、楽になるの?」
萌子さんに見つめられて、僕は目をそらした。
萌子さんはやっぱり、知っているのだろうか。
僕がご主人を殺したということを。
不安が渦を巻いて、僕の心を押し潰そうとしていた。
「主人を恨んでいたの。憎んでもいた」
僕は何も言えなかった。
「だからって、死んでいいとは思っていなかった。でも、私は実亜ちゃんを守りたいの」
「どうして、ご主人を恨んでいたの?」
「私が病気になって、助けてくれたし支えてくれた。それは感謝している」
それは、あの白老の別荘でのご主人の萌子さんへの接し方で理解出来ていた。
「でもね。あの人は女性を買っていたわけだし」
「いつから?」
「私が秀治君と知り合った時は、もう夫はしていたと思う」
「……」
「でも、私、病気になったら負い目もあって、何も言えなくなったの」
「でも、ご主人は萌子さんのことを愛していたのでしょう」
「口ではそう言っていたけれど、分からない」
萌子さんは寂しそうに薄く笑った。
「愛し合えば、一緒にいたいと思うから結婚するわ。でも、持続させるのは難しいの」
少し、間を置いてから
「こんな非現実なことが起きてしまって、私、まだ正常じゃないの」
萌子さん独り言のように呟いた。
「それにしても、どうして、あなたのご主人を殺した実亜を許せるのですか?」
僕の質問に萌子さんは目を見開いて、僕を真っ直ぐに捉えた。
「秀治君、分からないの?」
僕はたじろいだ。
「秀治君だから、許したの」
緊迫した空気の中で、僕は身動き出来ないでいた。
続く
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愛川るな
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