第23話
僕は全身の力が抜けたまま、ベッドに身を横たえていた。
一人で眠るようになってから、9ヶ月が過ぎた。
手を伸ばしても実亜はいない。
僕は卑怯者だ。
手の平を見た。
今でも、ヒモを締めた感触が蘇ってくる。
僕が萌子さんのご主人を殺したのだ。
あの日、あの現場で早苗さんが自分の携帯電話で110のボタンを押した。
僕はその時、本当のことを言おうとした。
確かに言おうとした。
その時、萌子さんの視線が僕を射った。
僕がその視線に応えると、萌子さんは哀願するかのように首を横に振った。
…駄目。実亜ちゃんを一人にしては駄目。
僕の勝手な解釈だとも思った。
しかし、萌子さんは僕に確かに、そう合図を送ってくれた。
僕は金縛りにあったように、動けなかった。
やがて、警察が来て、実亜を連れて行った。
僕はご主人の通夜にも告別式にも、行くことが出来なかった。
朔と早苗さんが行って、その時の様子を知らせてくれた。
萌子さんは憔悴仕切っていたが、気丈に振る舞っていたと朔が話してくれた。
「早苗が、『萌子さんは喪服がよく似合う美しい人ね』と、言うんだ。女って解らないな。夫を亡くした妻の姿をそんな風に思うのかね。早苗に『不謹慎だ』って、注意したが、意に介してないようだった」
萌子さんの喪服姿…白老での萌子さんの姿と二重映しになって、僕の胸に迫ってきた。
事件が明るみになってからの一週間は、マスコミに見張られていたし、取材申し込みもきていた。
しかし、全て、遮断した。
僕は仕事も休み、部屋の中で鎮まるのを待つしかなかった。
新聞もテレビも見なかった。
警察の事情聴取はもちろん受けた。
実亜がご主人を殺した本当の理由を僕からは何も説明出来なかった。
あの、瞬間まで、僕は実亜とご主人の関係を知らなかったのだから。
では、なぜ、僕はまだ生きていたご主人を殺したのか。
誰にも訊かれないが、僕自身説明がつかなかった。
僕は加害者の夫として、被害者の妻である萌子さんに謝罪するべき会わなければならないと思っていた。
僕は弁護士を介さずに、直接、萌子さんに電話をかけた。
「申し訳ありませんでした」
そんなありきたりの言葉しか出てこない。
かつて愛し合った2人が、いや、事件の寸前まで愛し合った2人が、僕は加害者の夫として、萌子さんは被害者の妻として、全くの他人のように、まるで知らない者のように、僕は謝罪の言葉を述べている。
この皮肉な結末に僕は、運命の残酷さを感じないではいられなかった。
「秀治君、会いましょう」
萌子さんの誘いに僕は戸惑った。
萌子さんに会う…
萌子さんは知っているのだろうか。
本当は僕が、ご主人を殺したということを。
それはいつも、疑問に思い、そうであれば、僕はどうしたらいいのだろうか。
僕は苛まれ続けていた。
これで、いいのか。
「どこで?」
「誰にも聞かれてはいけない話しだから…」
しばらく間があった。
僕はただ、萌子さんの指示を待っていた。
「中島公園のPホテルで」
「えっ?」
僕は低く叫んだ。
20年前、初めて、萌子さんと結ばれた場所だった。
萌子さんは僕の返事を待っているらしく、沈黙が続いた。
「いつ?」
「今日、これから」
あまりにも、唐突だった。
腕時計は午後の3時近くを示していた。
あの日も雪が降っていた。
続く
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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愛川るな
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