第7話
短い髪が似合っている萌え子さんが
そこにいた。
「『宮沢りえのヌード写真集』を買いに来たの?」
「ええっ?!」
女性からこんなこと言われることに慣れていないというか、こんなことをさらりという女性に会ったことがない。
萌子さんの綺麗な顔と大胆な言葉のギャップに僕は動揺していた。
『宮沢りえのヌード写真集』は、この年1991年の11月に売り出されていた。
どちらにしても、僕はエロ本を読もうとしていた。
萌子さんはそんな僕を見透かしたように、いたずらっぽく微笑かけていた。
そして、萌子さんの目が僕を捉て離さない。
「お茶を飲みに行きませんか?」
萌子さんの信じられない誘いの言葉に、僕は自分の耳を疑った。
腕時計を見ると、午後2時過ぎだった。
「いいんですか?!」
この時の僕は、滑稽なぐらいに舞い上がり、声が裏返ってしまった。
僕にとって、こんな美しい女性とお茶を飲むことなど、まさに青天の霹靂だった。
世界一、幸せな男に思えた。
僕は、すぐにでも朔に自慢したいと思ったほどだった。
僕たちは地下街に移動した。
萌子さんがそう提案したのだ。
僕は見晴らしの良い地上の喫茶店がよいと思った。
地下の喫茶店で萌子さんとお茶を飲むのは、息苦しくなるような気がしたのだ。
本屋からほど近い店に僕たちは入った。
僕は喉が渇いてカラカラだった。
冷たいジュースで喉を潤したかったが、萌子さんがホットコーヒーを注文したので、僕もそうした。
ブラックを飲んで大人ぶりたかった。
でも、萌子さんはコーヒーが運ばれてくると、砂糖を3杯入れて、ぐるぐるとよーくかき混ぜた。
一心にスプーンを回している。
楚々とした萌子さんに僕は見とれていた。
「私、何歳に見える?」
萌子さんはいつも唐突だ。
しかし、僕は萌子さんの歳は気になっていた。
僕より大人ぽく見えるが、ちょっとしたしぐさにあどけなさも残っている。
正直言って、分からなかったが僕は自分の歳より一つ少なく答えた。
「22」
萌子さんは小さく笑った。
「答えに困った?」
「いや、そんなことは…」
僕は口ごもった。
「23よ」
「あ、僕と同じです」
僕はなぜかすっかり、有頂天になってしまった。
でも、直ぐに僕はきまりが悪くなり照れてしまった。
「あのう…名前を教えて下さい」
最も知りたかったことを僕は聞いた
。
店に来た時、「カードをお作りしますか?」と聞いたが、萌子さんは「作らない」と答えた。
萌子さんはお砂糖を入れて、よくかき混ぜたコーヒーを一口飲むと、僕を見て微笑んだ。
「まつしたもえこ」
そう、教えてくれた後で、
「まつしたは普通に松下。もえこは『若草萌える』の萌子」
萌子さんは説明に慣れている口調で付け加えた。
萌子さんと僕は自然に「秀治君」と僕の名前を呼び、僕も「萌子さん」
と呼んだ。
萌子さんが髪を切った理由を僕は訊いてみた。
「変えたかったの」
「何を?」
いつも、僕を捉える目が伏し目がちになった。
僕は儚げな萌子さんを抱きしめたいと思った。
何からと言うものは分からないない。
でも、何からか守ってあげたい。
そう思ったのだ。
1991年、時雨月、僕はこれから始まる恋に胸がいっぱいになっていた
。
しかし、本当は何も始まらなかったのだ。
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