第35話
私は松村を殺人犯と認めることはできなかった。
松村からの電話に私は胸がときめき、通話をタップする指が震えた。
初恋の人からの電話だ。
私は深呼吸をすると、通話をタップした。
「もしもし」
私はやっとの思いで、喉の奥から、
声を出した。
「高山さん?」
松村の声だ。
ずうっと、待っていた松村の声だ。
「うん」私の声がかすれている。
「今、どこにいるの?」
「札幌だよ。家にいる」
「えっ?」私の声がうわずった。
松村は釧路に行ってしまった。
もう、二度と会えない。
そう思っていた。
だから、松村の札幌にいるという言葉に、私の胸が躍った。
もしかしたら、会えるかも知れない
。
「会いたいんだ」
私の胸は震え、目から涙があふれ出た。
でも、次の松村の言葉で私は、またしても、打ちのめされた。
「常盤に」
常盤に会いたいことを、なぜ、私に言うのか。
今度は違う感情の涙があふれ出たのだった。
私は涙声になるのを必死に抑えながら声を振り立てた。
「自分で、直接、常盤さんに言えば」
「それが、常盤さ、何かオレのことを避けているんだよな」
こののん気な声は一体何なんだろう
。
私は本当に別な傷の付き方をしたのだった。
「バカにしないでよ!」と、怒鳴って電話を切ることが出来たら、どんなに自分の気持ちにけじめをつけることが出来るだろう。
こんな風に利用されて、それなのに断れない自分が情けなかった。
私は感情を抑えて松村に訊いた。
「どうやって、常盤さんを松村君に合わせてあげたらいいの?」
「今日の5時にT神社の石段で」
石段…
この時、私の心にある一つの疑念が芽生えていた。
もしかしたら、前から、私はこの疑念を抱いていたのかも知れない。
ただ、松村に恋い焦がれて、いや、
初恋に焦がれて、美しい思い出にしたかったのだ。
だから、認めるのが怖かったのだ。
疑念が私の心の中で確実なものになった時、私は松村に挑んだ。
「いいわ。その代わり…」
それでも、やはり、私はためらった。
松村は私の言いかけた言葉を受け取って返してきた。
「その代わり?」
「私の質問に答えて」
松村は構えたようだった。
「松村君、自分のお母さんを殺したの?」
生々しい質問だと思いながら、私は呼吸整えると、今度はもっと、過激な質問を投げた。
「久保先生も殺したの?」
松村の薄く笑っている気配を感じた。
「だと、したら?証拠は?」
私は少しうろたえながらも、毅然として答えた。
「証拠はない」
松村は平然として「じゃあ、よろしく」と言って、一方的に電話を切った。
私はそこらにスマホを放ると、タオルケットを頭からすっぽりかぶった。
幼稚園のころだ。
どこへやらの空き地に自転車を置き忘れて、家に帰ってきた。
直ぐに探しに戻ったが、すでに自転車はなかった。
母に叱られた。
自分だって悔しいのに、母に叱られた。
私はこの時、母が憎かった。
突然、こんな悲しい昔の思い出が蘇り、私は混乱した。
そうなのだ。
私は松村が憎いのだ。
私は登校を装って、家を出た。
真っ直ぐに、警察署へ行き、浅井刑事に会おうと思った。
その日の朝、青空がどこまでも、弓なりに広がっていた。
淋しかった。
青空がこんなに淋しいなんて、知らなかった。
つづく
最後まで読んでいただき、感謝いたします。
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