第33話
吉永航平は高山美波から「一緒に浅井刑事に、本当のことを話そう」と誘われた。
美波の言い方は半ば強制的な言い方だった。
吉永航平は松村賢介との約束は破れないと断った。
すると、美波は少し翳りのある眼差し航平に向けた。
決して、揺れないその眼差しに、航平は気圧されそうになった。
「それで、いいの?」
美波にそう詰問されて、航平は下唇を噛んだ。
「本当にそれでいいの?」
なおも、美波は航平に迫ってきた。
「約束は守るものだけど、破ってもいい約束だってあるわ」
「でも、今さら言ってどうするの」
航平は美波の気持ちが分からないわけではなかったが、やはり、賢介を守りたかった。
美波は毅然として背筋を伸ばした。
「真犯人を見つけるためでしょう」
「真犯人…?」
「そう。久保先生のね」
「久保先生は殺されたとは決まったわけではないよ。それに、ぼくの証言が久保先生の真犯人に何か関係があるの?」
「分かったわ。ありがとう。もう帰って」
航平は美波の気迫に圧倒された。
「高山さん…」
続きを言おうとして、美波が言葉を挟んだ。
「悪いけど、私、一人で浅井刑事に会うわ。そして、吉永君のこと話すから」
美波はそう言うと、くるりと背を向けた。
航平は自分を拒んでいる背中に寂寥感を味わった。
「じゃあ」
そう言って、航平は立ち上がりドアに向かうと出ていった。
玄関で航平が「おじゃましました」
と、リビングに向かってあいさつしている声が聞こえてきた。
母が愛想良く送り出したのが分かった。
「美波、何しているの!?吉永君を見送りもしないで!!」
母の階下から怒鳴るような声が聞こえてきていた。
「チッ」
美波は軽く舌打ちをして、ため息をつくと、ベッドに寝転んだ。
母はこういう美波の態度がよろしくないということに、終始している。
美波はうんざりだった。
礼儀作法が悪くて、見送らなかった訳ではない。
それなりの理由があるのだ。
不意に、美波は明後日が終業式であることを思い出した。
スマホを手にすると、航平に急いでメールを送った。
航平は惨めな気持ちで、美波の家からの帰り道を歩いていた。
自分は何も悪いことをしていない。
なのに、何故、美波からこんな形で、拒絶されるのか。
でも、航平はやっぱり、賢介を裏切ることは出来ないと思った。
男と男の約束というより、賢介の母親が死んだ朝、賢介の家から飛び出した男の子が、自分だと証言してしまうことで、何か取り返しのつかないことになってしまうような気がしたからだ。
公園の前を左へ曲がった時だった。
ズボンのポケットの中で携帯電話のメール音が鳴った。
取り出して開くと、美波からだ。
あれだけ、きつく拒否された後だっただけに、航平は美波からの優しい言葉を期待してメールを開いた。
「明後日、終業式。次の日に浅井刑事に話す。」
事務的なメールに航平はがっかりした。
確かに常盤靖子のことを考えても、
その方が面倒くさいことにならないかも知れない。
本州の方では梅雨明け宣言が聞かれ初めていた。
しかし、今日の札幌の夜の風は妙に生暖かくて、雨が降ってきそうだった。
航平は汗ばんだ指で「了解」とメールを返した。
「了解」と航平から返ってきたメールを見て、美波は少し後悔をしていた。
吉永君に八つ当たりみたいなことをしてしまった。
しかし、美波は嫌な予感がしていたのだ。
常盤靖子が久保先生を殺した…
まさか、いくら何でも、常盤靖子だって、そんな恐ろしいことはしない。
そうは思うのだが、否定出来ない自分もいた。
でも、動機は何?
賢介の母親が自殺した原因が久保先生だから、それを恨んでの犯行?
いくら、常盤靖子が賢介のことを好きだからって、そんなことまでするのだろうか。
美波はじっと天井を睨んでいた時だ。
いきなり、スマホの電話の着信を知らせるバイブ音がした。
美波は即座に反応して、スマホを手に取った。
かけてきた相手の表示を見たが、名前ではなく、覚えのない電話番号だった。
美波は一瞬躊躇ったが、通話の案内文字をタップした。
無言のまま、美波は息をひそめた。
くぐもった声で「もしもし」と電話の相手が言った。
どこかで聞いたことがある声だ。
「高山さん?」
「そうだけど」
美波は警戒した。
「誰?」
「私。常盤だけど」
美波は心臓が飛び出てきそうなほど驚いて、飛び起きた。
「どうしたの?」
「助けて」
悲壮感に満ちている常盤靖子の声だった。
「今さら何?」
美波は突き放した。
「刑事がね…浅井刑事がね…」
美波は気持ち悪い汗が背中を流れていくのを感じた。
「私、言っちゃいそうなの」
あの常盤靖子が泣いている。
「何を?」美波はあくまでも強気だった。
「松村君がね…」
「松村」の名前を聞いて、幾分、緊張したが、常盤靖子のまどろっこしい言い方に美波は苛々してきた。
「早く言いなさいよ」
美波は苛々さを隠さないで先を促した。
「私ね…あの日ね…」
そこまで言って、また、むせぶように泣いている。
本当にこの電話の相手は常盤靖子なのだろうか。
あんなに美波をいじめて、ビンタまでして、クラスのみんなが無視するように仕向けた。
おまけに大切な親友の杏までも、美波から引き離した。
「見たの。松村君がお母さんの背中を押して、お母さんが階段から落ちていったのを」
美波は、雨が地面に落ちてぶつかる音が、ぼう然とした頭の中で聞こえているような気がした。
つづく
最後まで読んでいただき、感謝いたします。
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