第32話
私は震える手で、封筒から便箋を引き出した。
10枚ぐらいありそうな、長い手紙だった。
一枚目はそれなりのあいさつだった。
まだ、釧路の学校には行ってなくて
、2学期から行くつもりだと書いてあった。
私は「高山」とか「美波」とか、私の名前が書かれていないか、探した。
しかし、私の名前の字は一字もなかった。
少し右上がりの字は、それでもバランス良く書かれていた。
読みやすい丁寧な字だった。
人の手紙を読ませてもらうことは、果たして良いことなのかどうなのか、良心が咎めた。
でも、奈津子さんと久保先生が会って、何があったのか知りたかった。
でも、本当はもしかしたら、私のことを何か書いているかも知れないという期待があったのだ。
期待する私がバカだった。
私のことなんか書いているはずなど
あるわけがなかった。
それでも私の心は松村からのメッセージを探していた。
もしかしたら…
初めて、自分の部屋に招いた男子を目の前にして、私は違う男子を追いかけていた。
私は気を取り直して、2枚目と進めた。
その瞬間、私はめまいを覚えた。
「常盤」という漢字二文字が飛び込んで来た。
「常盤はオレに学校のノートをほとんど、毎日のように持って来てくれていたんだ。実はあの日の朝、航平が来てくれた時、母さんが階段から落ちて死んだ。オレ、航平に直ぐに帰れって言ったけれど、実はあの時、階段の上に常盤がいたんだ」
打ちのめされるって、こういうことをいうのだろうか。
私の想像も出来ない秘密が、松村と常盤靖子の間にあったなんて。
ノートを持っていくなんて、私はしたくても、できなかった。
常盤靖子の大胆さに私は完全に嫉妬を覚えた。
「父さんが、釧路にひよこも連れて行くって言い出したんだ。そんなこと、信じられるかよ。有り得ないことだろ。母さんの友達に宮下舞さんという人がいて、その人から訊いたん。父さんとひよこが不倫していたってさ。それで、姉さんがひよこに確かめにいったんだ。だって、母さんが死んだのはひよこに関係があると思ってさ」
私の心は重かった。
真実を知ることの怖さがありながら、知りたかった。
「舞さんから聞いたこと。ひよこがストーカーのように父さんにつきまとい、あげくには釧路まで追いかけて行って、夏休みや冬休みに同棲していたということ。そのことに、姉さんもオレも呆れたよ。それで姉さんひよこに確かめたくて会うことにしたんだ」
私は吉永君を見た。
吉永君は端然とした姿勢のまま、微動だにしていない。
うつむき加減にしている長いまつげが、形良く揃っていた。
松村より先に吉永君と知り合っていたら、私は吉永君が初恋の人になったのだろうか。
こんな時にこんなこと考えるなんて
、いささか不謹慎だと自分をいさめながらも、吉永君を見ていた。
吉永君は私の視線に気づいたらしく
、顔を上げて私を見た。
すぐに視線をそらすのもおかしいので、私は口を開いた。
「重いね」
「読むのをやめるかい」
「ううん。最後まで読むよ」
そう言って、私は再び松村からの手紙に目を移した。
「ひよこは全部嘘だと言ったらしい。ストーカーみたいにしていたのは、父さんの方だって。心の病んだ母さんが全部嘘をついたって。父さんとひよこに子供が出来たと、いう話しも全部、母さんの作り話しだっていうんだ。何もかも全部、父さんと母さんの作り話しだって言い張ったらしい」
私の頭は完全に混乱していた。
松村の手紙を読めば読むほど、何を書いているのか、理解不能だった。
そして、また、「常盤」と言う文字が飛び込んできた。
「常盤はオレのことが好きで、オレのためには何でも、してくれた。航平にも迷惑をかけたな。無視されたり、T神社の石段に呼び出したり。全部、常盤の考えでやったんだけど、あいつのすることは突飛過ぎてびっくりする」
どうして?どうして、私の名前は出てこないの?
私は惨めだった。
同時に馬鹿にされているようで、腹が立ってきた。
「常盤にひよこのことを話したら、常盤がひよこに怒り出して、文句を言いに行って顔を引っ掻いてきたらしい」
そういえば、私がその話しを聞いた時、常盤靖子の左利きを思い出していた。
久保先生の右頬にひっかき傷がついていると聞いたからだ。
「ひよこは自殺かなあ。それとも、何だと思う?母さんと同じような死に方して。姉さんが疑われたけれど、アリバイがあるし、父さんにもオレにもあるし。常盤が怪しいよな」
すごく、重要なことを話しているのに、このあっけらかんとした松村の言葉に、私は松村が別世界に住んでいる人のように感じた。
「航平、浅井刑事に気をつけろ。とにかく、母さんが死んだ朝、航平は家から飛び出して行ってないんだ。それを言い通してくれよ」
この違和感は何だろう。
私の名前が出ているとかいないとか、どうでもよくなっていた。
もしかしたら、また、別な傷の付き方をするかも知れない。
そして、誰かを傷つけるかも知れない。
それでもいいと思った。
浅井刑事に会おう。
そして、松村のお母さんが亡くなった朝、飛び出して行ったのは「吉永航平」だと、私は証言をしようと決心したのだった。
つづく
最後まで読んでいただき、感謝いたします。