第30話
「吉永航平君だよね」
後ろから不意に声をかけられて吉永航平は振り返った。
見上げるほど背が高く、顔が小さい中にそれぞれのパーツが大きくて、
男から見ても、かっこいい若い男性だった。
でも、微笑みかけているのに、目が真剣だった。
吉永航平は訝しげにその男性を見ていた。
「浅井と言います」
そう言って、浅井という男性は警察手帳を提示した。
吉永航平はちょっと、後ずさりをした。
「何ですか。ぼく、これから、塾に行くんですが」
夏休みまで、まだ10日ほどあったが、吉永航平は夏期講習の無料体験学習に行くところだった。
あの日、松村賢介のお母さんのお通夜に行った帰り、美波と話した公園の前を通り、吉永航平は懐かしい気持ちで、美波を思い出していた。
「ちょっと、確かめたいことがあるんだけど」
浅井刑事は吉永航平の都合を配慮する気配も見せずに言った。
「松村賢介君のお母さんが亡くなった日の朝、飛び出して行った男の子って、君じゃないのかな」
「どうしてですか!?」
吉永航平は心臓が跳ね返り、飛び出してきそうだった。
「君に似ているっていう情報が入ってね」
「ぼくではありません。それに、賢介のお母さんの死因は事故死っていうことでけりが付いたんじゃないんですか」
吉永航平は戸惑いながらも、必言った。
「ぼくはまだ何も言っていないよ」
浅井刑事は吉永航平を見下ろしながら含み笑いを見せた。
「失礼します」
そう言って、吉永航平は逃げるように駆け出した。
吉永航平は久保先生の死因が気になっていた。
賢介の母親と何か同じ感じがする。
あの日の朝、玄関のドアを開けたとたん、賢介が階段をかけ下りてきた。
そして、ほとんど同時に後ろから、賢介の母親が落ちてきた。
その時、階段の上に、誰かがいたような、ふとそんな気がしていた。
気のせいかなと思っていたが、何だか急に気になりだしていた。
2時間ほど、塾で無料体験学習を受けたが、航平は気もそぞろだった。
家へ帰って、母親から当然のごとく
、体験学習はどうだったのか、どこの塾に決めるのかと、一度に聞いてきた。
曖昧に答えて航平は自分の部屋に入ると、直ぐに携帯電話を手にした。
高山美波の登録番号を検索すると、
直ぐにボタンを押した。
「吉永君?」
美波の心配そうな声が聞こえてきた。
愛おしいかった。
航平は今日、浅井という刑事に声をかけられたことを伝えた。
航平は美波の息をのんだ音を感じた気がした。
「済んだことなのに、今さらまたどうして?」
美波の素朴な疑問に航平は、久保先生の死因と関係しているんじゃないかと思う、と答えた。
そして、賢介の母親が階段から、落ちてきた時、誰か階段の上にいたような気がしたということも続けた。
美波の躊躇っている息づかいが聞こえた。
「松村君はどうしているの?」
航平は自分の心配より、賢介の心配を口にした美波にがっかりした。
「お父さんと釧路に行った」
航平は自分でも素っ気ない返事だと思った。
美波の落胆している吐息が聞こえた
。
前から感じてはいた。
美波が賢介を好きなんじゃないかっていうことは。
だけど、こんな時にこんな形で、失恋を認めなくてはならないなんて、酷だよ。
航平は心の中でつぶやいた。
「ねえ、吉永君」
それでも、美波の呼びかけに、航平は飛びついた。
「常盤さんだけど…あの人、どうして私たちにあんなことをしたの?どうして、私たちは無視をされたの?
」
「常盤は、賢介のことが好きで」
「だからって、どうして?」
航平も常盤靖子はやり過ぎだと思っていた。
「久保先生が亡くなる前の夜に松村君のお姉さんから、電話がかかってきて、『私たちが無視されているのは、常盤さんが松村君のことを好きなのが原因だからごめんね』って言ったの」
その時だった。
勉強机の上に「吉永航平様」と書かれた分厚い封書が置かれているのに気がついた。
見覚えある右上がりの字に、航平は
急いで手に取った。
裏を返すと「松村賢介」の名前が飛び込んできた。
「高山さん、ちょっと待って。賢介から手紙がきている。今、開けてみるから」
美波の驚いている息づかいが聞こえてきていた。
航平は携帯電話を置くと、急いで封を切って中の手紙を開いた。
航平は読んでいきながら、みるみる
うちに顔色が変わっていた。
携帯電話を手にした航平の手が小刻みに震えている。
「高山さん」
航平の声が裏がえった。
「賢介の姉さんさんが、ひよこに会った時の様子が書かれているんだけど…」
航平は言葉を続けられなかった。
つづく
最後まで読んでいただき、感謝いたします。