第27話
奈津子は舞さんの心遣いに感謝をした。
お礼を言って、舞さんのマンションを出たのは5時を過ぎていた。
弟から「お姉ちゃん、どこにいるの?」というメールが受信されていた。
返信メールを送る気持ちになれなかった。
お腹を空かせているのかもしれない
。
でも、奈津子は気持ちを整理したかった。
舞さんのマンションの最寄り駅から地下鉄に乗って、そのまま帰る気にならなかった。
奈津子は途中の大通り駅で
下車した。
奈津子は地下から、地上に出た。
風が気持ち良かった。
札幌は他の街では感じることの出来ない樹の香りを感じることが出来る。
短い夏の北の街は急いで、花を咲かせ、色をつける。
大通り公園は人も花も賑わっていた。
ライラック祭りはすでに終わり、YOSAKOIソーランも終わっている季節だった。
それにしても、大通りは広いなあ。
確か、大通りの道幅は平安京の朱雀大路より広かったはず、と他愛もないことを思い出していた。
奈津子は頭を休めたかった。
奈津子は札幌テレビ塔に向かって、東に歩いた。
別に東に目的はない。
ただ、西に向かうと賑わいがもっと派手になりそうだった。
奈津子は静かな場所に行きたかった。
テレビ塔を過ぎて、奈津子は目を見張った。
創成川が変貌している。
人工河川の創成川は深く掘られていたから、川の水に触れることも、
親しむことも出来なかった。
両側の壁はコンクリートで固められていて、至極疎遠だった。
それが創成川公園として、人々の憩の場所になっているのだ。
創成川の両岸に遊歩道が延びている
。
しかも、遊歩道にライラックが植栽されている。
おそらく、5月末の「さっぽろライラック祭り」の時は見事に咲き誇っていたのだろうな。
そして、至る所にベンチが置かれている。
一人、そのベンチに座り、本を読んでいる人、携帯電話で話している人、いじっている人。
友達同士とのおしゃべり、恋人達の見つめ合い。
家族連れでの団らん。
子供たちが川の水遊びをしているはしゃぎ。
奈津子は空いているベンチに座り、
背にもたれかかった。
テレビ塔が視界に入ってくる。
見上げると、札幌の空がどこまでも広がっていた。
都心にいて、こんなに大きな空間が
あるんて。
奈津子は一人、全てから置いてきぼりをされたような孤独を感じた。
母はここのライラックを知っていたのだろうか。
観に来れたのだろうか。
パニック症候群になって、乗り物に乗れなくなった母が、観ることなど出来るはずもない。
母の大好きだったライラックの花はもうとっくに終わり、葉を茂らせているだけだった。
奈津子は溢れてくる涙を拭こうともせずに肩を震わせた。
母は自殺をしたのだろうか。
どうして、私を一人にして、どうして。
そんなことあるはずがない。
では、弟が突き落としたの?
奈津子はかぶりを振った。
涙が奈津子のGパンの膝小僧の上にポトポトと落ちてきた。
やっぱり、弟に母が階段から落ちた時の様子を、詳しく訊かなくてはならない。
そして、久保怜奈。
奈津子の心に久保怜奈に対する憎悪が生まれて、それはどんどん成長していった。
許せない。
奈津子は自分とそんなに年が離れていない久保怜奈が、なぜ、親子ほど年が離れいる父に執着したのか、信じられなかった。
どうして、母を傷つけたのか。
そのことも、問い詰めたかった。
久保怜奈に会って、はっきりさせなければ。
久保怜奈に会うことを躊躇いながらも、そうしなければ、前に進めない
と、奈津子は思った。
そして、奈津子は久保怜奈に会った
。
その2日後に久保怜奈は死んだ。
奈津子のアリバイは、成立していた。
久保怜奈の推定死亡時刻に、奈津子は高校時代の友人5人とカラオケに行っていた。
鑑識の結果、久保怜奈の右頬にひっかき傷があることが判明した。
つづく
最後まで読んでいただき、感謝いたします。