第15話
美奈子は覚醒しているときは、普通に明るく元気だった。
料理も上手いし、掃除も行き届いていた。
特に、美奈子の作るケーキは絶品だった。
松村は美奈子に「母さん、ケーキ屋さんになったら」と、子供らしい発想で提案した。
そんな時、美奈子はとても嬉しそうだった。
「賢ちゃん、お得意様になってね」
と、美奈子が言うと、幼い松村は、張り切って「なる、なる」と、
はしゃいだ。
舞さんから、『パニック症候群』という病名を告げられたが松村は、ただ、奥二重の切れ長な目をまばたきさせた。
舞さんは困った顔をしていた。
中学生になったばかりの松村にどう説明したらいいのか、思案しているようだった。
「美奈子ね。ストレスや不安があってね。このまま、自分がどうにかなってしまうんじゃないかと、心配になってしまうの」
松村は『心の病気』をどう理解したらいいのか、助けを求めるように舞さんを見つめた。
しかし、舞さんは、もう何も言わなかった。
松村にとって母親がパニック症候群であっても、松村の母親に対する気持ちは何も変わらなかった。
心の病気だからと言って、嫌いになる訳でもない。
むしろ、父親がいないのだから、自分が母親を守らなくてはならない。
そう、強く思った。
美奈子が松村に頼んだのだ。
「お父さんには言わないでね」
そう、頼まれると、母親と秘密を共有出来たという一体感が、松村の気持ちに生まれた。
不思議だが、窮屈な父親から解放されたような気持ちになったのだった。
しかし、松村が初めて、学校を休んだ日、美奈子は泣きながら、松村に謝った。
そして、懇願した。
「学校は休まないで」
松村は学校を休んだことは、母親を一人に出来ないという正義感からではない。
学校で一位にならなければならないという、強迫観念から逃げたかったからだ。
せっかく楽になれたのにという思いを強くし、不満を募らせた。
しかし、そんなことを言える訳がない。
「じゃあ、母さんも睡眠剤を飲んで
階段の上で寝ないでくれ」
松村はもっともらしいことを言った。
美奈子は、一学期は松村が登校する時刻には、睡眠剤を飲まないで起きているという松村の頼みを守った。
松村は学校へ行くしかなかった。
一学期の期末テストの成績は、松村はクラスで一位だった。
しかし、学年では二位だった。
一位はもちろん、美波だった。
そこで、伸輔の落胆と怒りの表れとして、眉間にしわを寄せて、松村を睨みつけた。
それを見た美奈子は、発作を起こすことになる。
その瞬間だった。
松村は獣と化し、伸輔に飛びかかっていった。
美奈子の悲鳴が聞こえた。
北海道に梅雨がないと、言われているが、蝦夷梅雨と言えるような、蒸し暑い7月の初めだった。
つづく
最後まで読んでいただき、感謝いたします。