第11話
私は自分の席に着いて、机の上にカバンを置いた。
何人かが付いてきて、松村のことに関して話している。
吉永君の席を見た。
吉永はいつも通りに背筋を伸ばして
下を見ていた。
彼はいつも文庫本を手にしている。
私はわりと自然に吉永君の背中に声をかけた。
「ねえ、吉永君、松村君のお母さんが階段から落ちた時間に、松村君の家から出てきたの?」
一瞬、教室の空気が止まったようだった。
みんな、慌てたように私を見て、そして、気まずそうに吉永君を見た。
吉永君は文庫本を閉じて、立ち上が
るとゆっくりと振り向いた。
みんなは息を詰めて、私と吉永君を
交互に見た。
吉永君の顔は、私が思った通り、微笑んでいた。
彼はいつも冷静だ。
人と顔を合わせる時はいつも、必ず笑顔だ。
私はそれが嫌いだった。
なぜ、彼はいつも笑顔なのか。
私には謎なのだ。
笑顔でいること。
それはいいことだ。
褒められることだ。
だから、先生も生徒も吉永君に対しては一目置いている。
仕事でも何でも彼に任せておけば安心だ、という空気が彼の周りを取り巻いている。
彼はそれが特別に選ばれたことでも何でもなく、また、重荷でもなく、
ごく当たり前のようにやり遂げる。
もちろん、笑顔で。
しかし、私はそんなこと、ずっと出来るはずがないと思っている。
母を見ているとそう思うのだ。
吉永君は、私に微笑んだまま静かに答えた。
「違うよ」
私はクラスの子全員に聞こえるように吉永君の言葉を引き取って、大きな声で言った。
「『違う』って、言っているわよ。」
そして、続けて言った。
「だから、そういう憶測で言うのはよそうよ」
別に私は正義感で言ったわけではない。
ただ、これ以上、噂話しに付き合わされるのが、うっとうしかっただけだ。
吉永君をというより、松村を守りたかったのだ。
しかし、このことが後に、私を、そして、吉永君を巻き込んで、悪夢が始まることになるとは思ってもいなかった。
つづく
最後まで、読んでいただき、感謝いたします。
Android携帯からの投稿