第8話
私の胸は高鳴っていた。
松村の携帯番号にタップしようとしては止める。
大きくため息をつく。
さっきから、何度、私は繰り返しているんだろう。
松村の声が聞きたい。
一言、「大丈夫?」と、声をかけたい。
信じよう。私は松村を。
その時だった。
階下から電話の音が母を呼んだ。
もしかしたら、また、信子の母親からの電話かもしれないと、思った。
もう、階段の途中まで行って、聞き耳を立てる気にもならなかった。
突如、母の驚いた大きな声が聞こえてきた。
「まあ!朝早く、誰かが松村さんの家から飛び出して行った人がいるの
?!」
私は母のそのセリフに激しく反応した。
「男の子なの?誰かわからないの?
そのことについては警察はどのように考えているのかしらね」
私にとって警察という場所は何となく怖くて、近寄りがたい場所でもある。
そんな警察に、松村が関わっていることが間違いであってほしいと願っていた。
それなのに、何やら複雑になっていく事態に私は、胸が締め付けられる思いだった。
母の声が普通の大きさになったので
、話しの内容が聞き取りにくくなった。
でも、私は自分のベッドの上から動きたくなかった。
松村のことを心配し過ぎて、精神が疲労していた。
私はベッドの上にそのまま、横にな
った。
少し、眠ったようだ。
「ねえねえ、美波」
母がベッドの端に座り、私を揺り起こした。
「信子ちゃんの家に警察が聞き込みに来たんですって」
母の声の調子は好奇心であふれていた。
「ほら、信子ちゃんの家、賢介君の
家と斜向かいでしょ」
「さっきの電話、信子のお母さんから?」
私は確かめた。
母は認めるやいなや、興奮した面持ちで話しを続けた。
「信子ちゃんのお母さん、目撃したんですって!朝早く、賢介の家から男の子が飛び出して行くのを。それを警察に証言したんですって」
私は、信子の母親の赤い口紅の唇を思い出した。
「ふーん」
私は気のない返事をした。
母は話しに乗らない私に拍子抜けしたようだった。
「美波、賢介君のこと心配じゃないの?」
私を理解出来ないという目つきで、
母は咎めるように言った。
心配し過ぎて、すっかり疲れきっている娘のことを母は知らない。
意識ははっきりしてきたが、頭が重かった。
母は見切りをつけたらしく、話しを変えた。
「美波、ご飯を食べなさい」
「悪いけれど、いらない」
食欲などあるわけがない。
ありがたいことに、母は黙って部屋を出て行ってくれた。
私は即座にベッドの上に起き上がると、迷わずに吉永君の携帯電話にかけた。
朝早く、松村の家から飛び出していったという男の子のことを聞くためだ。
私の質問に電話に出た吉永君は 戸惑っているようだったが吉永君の答えは、「知らない」と、
一言だけだった。
予想通りの答えだった。
例え、知っていても、私に教えるわけがない。
その時、不意に、ある思いに私は捉われた。
その思いは私を捉えたまま放さなかった。
飛び出して行った男の子…
吉永君ー
確実に私の中で確かなものになっていった。
私は今度は迷わずに、松村の携帯電話にタップした。
しばらくして、松村の小さいが懐かしい声が聞こえてきた。
「松村君?」
「うん」
「大丈夫?」
「ああ」
泣き出しそうになるのを必死にこらえた。
「高山、何も詮索するな」
思いがけない言葉に、私は絶句した
。
つづく
最後まで、読んでいただき、感謝いたします。
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