第6話
松村賢介の母親、美奈子の死に警察は事故か事件の両面から、捜査していたが、ほぼ事故死として決着をつけようとしていた。
美奈子は死の直前、睡眠剤を服用をしていることが、鑑識の結果判った
。
それは美奈子の長男、松村賢介からも証言をとっていた。
美奈子は2年前から精神科に通院していた。
病院から処方された睡眠剤をあるだけ、全部飲んだようだ。
しかし、美奈子の飲んでいるマイスリーとレンドルミンでは、いっぺんに多量に飲んでも死に至ることはない。
自殺説もあったが、もうろうとしている中での家階段からの転落死として、処理されることとなった。
事件性としては、松村が美奈子を突き落としたかもしれないという線もあった。
長男が不登校をしている家庭ではありがちなことであったからだ。
しかし、その線はまずないだろうということで、落ち着いた。
ところが、浅井刑事はある一つのことにこだわりを持っていた。
それは近所からの聞き込みからだった。
血気盛んな浅井刑事は刑事になって
2年目だ。
「刑事の勘」というものを浅井刑事は信じていた。
それは、やはり刑事で殉職した父親の信条でもあった。
松村宅は一戸建て住宅が5軒並ぶ一番角の家だった。
南側に面して玄関があった。
小路を挟んで向かい側にも5軒の家が並んでいた。
その斜向かいの家の主婦が、美奈子が死んだ日の朝、一人の男の子が松村宅を飛び出して行くのを見たと、いうことだった。
「間違いありません。」
きっぱりと、その主婦は赤い口紅の唇で言い切った。
「私はいつも出勤前に洗濯を干して行くのですが、2階の部屋の窓側に干すんです。いつもの通り干していたら、一人の男の子が松村さんのお宅から勢い良く飛び出したて来たんです。そうしたら、猛スピードで裏側に走って行ったんです。」
浅井刑事はその男の子が誰だったかを聞いた。
「なんせ、一瞬のことでしたからねえ。分かりませんね。でも、賢介君ではないことは確かです。」
続けて浅井刑事は、その時の時刻を聞いてみた。
「私はいつも7時半に洗濯物を干していますよ」
浅井刑事はその松村宅を飛び出して行った男の子が、誰であるか気にかかっていた。
それが、事実なら美奈子は単なる転落死ではない。
いわゆる「刑事の勘」だ。
松村賢介の聴取の時、そのことを聞きだそうとしたが、松村は言い切った。
「家から飛び出して行った人なんて、絶対にいません」
怯えながら、下を向いたままだった松村は、その時だけ、きっと顔を上に上げた。
奥二重で切れ長の目が真っ赤に充血していたが、男の浅井刑事でも、ドキリとするほど、魅力的だった。
結局、松村美奈子は事件性のない事故死ということで終わった。
そのことを松村は父親の冷たい声で知らされた。
父親は松村の部屋で、そのことを告げると、じろりと一瞥して出ていった。
父は母が睡眠剤を飲んでいることを知らなかった。
自分が知らなかったのに息子は知っていた。
夫として、美奈子の親戚に面子が立たない。
そのプライドの持って行き場がなくて父は松村に苛立っていた。
松村は何も考えられなかった。
でも、あいつに終わったことを知らせなければと、思った。
松村は携帯電話を吉永に繋げた。
「航平、事故死で終わったから」
松村は航平に伝えて、やっと少しの安堵感を持った。
しかし、吉永は意外なことを電話の向こうで告げた。
「高山さんが、『松村君の家から朝早く飛び出して行った男の子がいるって聞いたんだけど、吉永君知らない?』と、電話してきたんだ」
松村はめまいを覚えた。
つづく
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