人と人が分かり合えるということ | jun2980さんのブログ

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 何にでも興味をもっています。今、ミステリー小説の連載中です。また、韓国ドラマ、良い加減料理や難病の膠原病をテーマに写真なども載せながらつぶやいています。皆さんのペタやコメントが励みになります。どうぞよろしくお願い致します。


父が窓辺に立って夕空を見ていました。

私がちょうど自室から出て、通り掛かった部屋の中でその父の後ろ姿を記憶しています。

夕食の終わった夏の夕暮れだったと思います。

父が突然「おーいT子(母)」と呼びました。

呼ばれた母は「なあに?」と、父の隣に立ちました。

父は何も答えません。

やがて、母はその場を離れました。

すると、また、父が母を呼びました。

「なあに?」と、問う母に、父はやはり何も答えません。

そこまでは、私は見ていたと思います。

その後、多分、キッチンに行って冷蔵庫を開けていたと思います。

しばらくして、父がドアを激しく叩く音が聞こえて来ました。

「開けてくれー!!」と叫んでいます。

その部屋は外から鍵を掛けることができる部屋でした。

どうやら、何も言わない父に嫌気をさした母が部屋を出て、鍵を掛けたようでした。

そして、騒ぐ父を見兼ねて、母が鍵を外したようでした。

「何、やっているんだあ!」

父が怒鳴っていました。

母が負けずに怒鳴り返します。

「だって、こっちは忙しいのに、人を呼んでおいて、何も言わないからさ!」

その場はそれで終わったようでした。

びっくりして、部屋へ駆けて行った私の前に、父のばつが悪そうな顔がありました。

なおも母は私に訴えました。

「本当にもう、こっちは後片付けで忙しいのに、呼んでおいて何も言わないんだから」

そして、続けて母は私に同意を求めました。

「ねえ、そう思わない?人を呼んでおいて、何も言わないなんて、本当に腹がたつ」

その時、高校生だった私は一体どう思ったのでしょうか。

確か母に同意したように思います。

でも、今、なぜか、違うように思うのです。

父の夕暮れ空を見ていた淋しそうな後ろ姿を思い出します。

父はこれといった話しがあって、母を呼んだのではなかったのだと思うのです。

ただ、黙って、側に寄り添っていてほしかったのではないかと思うのです。

でも「黙って側にいてくれ」とは、照れもあって、口に出して言えなかったのでしょう。

韓国ドラマのようにはいかなかったわけです。

現実的に、夕飯の後片付けをしなくてはならない母は主婦でした。

しかし、父は陽が暮れてもまだ明るい中で、妻と黄昏れたかったのでしょう。

男と女でいたかったのでしょう。

母が主婦を捨てて、女になり、何も言わずに父に寄り添っていたら…

やわらかで、しなやかな時間が二人の間に流れたことでしょう。

また、父が、今、妻は家事をしていて忙しいからと、気を利かせていたなら…

そのまま、静かに時が流れ去ったのでしょう。

どちらもどうとは言えませんが、あの日、父が悪者になってしまったことに、ちょっとかわいそうな気がしています。

心を分かり合えるって、難しいことです。

言葉に出来ても、通じ合わないこともあります。

また、言葉に出来なくても、通じ合えることもあります。

もしかしたら、人と人が分かり合えるということは、難しいというよりも、不思議なことなのかも知れません。