父が窓辺に立って夕空を見ていました。
私がちょうど自室から出て、通り掛かった部屋の中でその父の後ろ姿を記憶しています。
夕食の終わった夏の夕暮れだったと思います。
父が突然「おーいT子(母)」と呼びました。
呼ばれた母は「なあに?」と、父の隣に立ちました。
父は何も答えません。
やがて、母はその場を離れました。
すると、また、父が母を呼びました。
「なあに?」と、問う母に、父はやはり何も答えません。
そこまでは、私は見ていたと思います。
その後、多分、キッチンに行って冷蔵庫を開けていたと思います。
しばらくして、父がドアを激しく叩く音が聞こえて来ました。
「開けてくれー!!」と叫んでいます。
その部屋は外から鍵を掛けることができる部屋でした。
どうやら、何も言わない父に嫌気をさした母が部屋を出て、鍵を掛けたようでした。
そして、騒ぐ父を見兼ねて、母が鍵を外したようでした。
「何、やっているんだあ!」
父が怒鳴っていました。
母が負けずに怒鳴り返します。
「だって、こっちは忙しいのに、人を呼んでおいて、何も言わないからさ!」
その場はそれで終わったようでした。
びっくりして、部屋へ駆けて行った私の前に、父のばつが悪そうな顔がありました。
なおも母は私に訴えました。
「本当にもう、こっちは後片付けで忙しいのに、呼んでおいて何も言わないんだから」
そして、続けて母は私に同意を求めました。
「ねえ、そう思わない?人を呼んでおいて、何も言わないなんて、本当に腹がたつ」
その時、高校生だった私は一体どう思ったのでしょうか。
確か母に同意したように思います。
でも、今、なぜか、違うように思うのです。
父の夕暮れ空を見ていた淋しそうな後ろ姿を思い出します。
父はこれといった話しがあって、母を呼んだのではなかったのだと思うのです。
ただ、黙って、側に寄り添っていてほしかったのではないかと思うのです。
でも「黙って側にいてくれ」とは、照れもあって、口に出して言えなかったのでしょう。
韓国ドラマのようにはいかなかったわけです。
現実的に、夕飯の後片付けをしなくてはならない母は主婦でした。
しかし、父は陽が暮れてもまだ明るい中で、妻と黄昏れたかったのでしょう。
男と女でいたかったのでしょう。
母が主婦を捨てて、女になり、何も言わずに父に寄り添っていたら…
やわらかで、しなやかな時間が二人の間に流れたことでしょう。
また、父が、今、妻は家事をしていて忙しいからと、気を利かせていたなら…
そのまま、静かに時が流れ去ったのでしょう。
どちらもどうとは言えませんが、あの日、父が悪者になってしまったことに、ちょっとかわいそうな気がしています。
心を分かり合えるって、難しいことです。
言葉に出来ても、通じ合わないこともあります。
また、言葉に出来なくても、通じ合えることもあります。
もしかしたら、人と人が分かり合えるということは、難しいというよりも、不思議なことなのかも知れません。