1970年代、アメリカ、アイオワ州で事件が起きました。
十一月の寒い夕方に、六歳の女の子が三歳の男の子を連れ出して、近所の植林地の木に縛り付けて火をつけたのです。
事件そのものも衝撃的ですが、六歳の女の子が起こした事件というところが、強烈です。
この女の子が精神的にも肉体的にも虐待を受けていたのは言うまでもありません。
この女の子、シーラを受け入れ、愛した教師、トリイ・ヘイデンが書き綴ったノンフィクションが『シーラという子』です。
トリイとシーラが悪戦苦闘する中で、次第に信頼関係が芽生え、深い愛で絆が結ばれていきます。
最初、シーラは決して話そうとしませんでした。何かやらせようとしても、怒り狂い、大暴れします。
そんなシーラにトリイが献身的に尽くす姿には感動しました。
シーラの心の傷は図り知れないものでしょう。
私はドイツの心理学者のアルフレート・アドラーを思いだしました。
アドラーは1900年始めに活躍しました。ユダヤ人です。
アドラーは過去の体験より未来の目的の置き方を重視するというのです。
未来の希望があれば、人間は生きていける。
劣等感のある状態から自分らしい居場所を求めて成長していく。
理想です。
傷はそう簡単に癒されるものではありません。
それでも、やはり人間は未来の希望に向かって生きていくのですね。