思いやる心 | 荏隈潤のブログ

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二級建築施工管理技士  住宅建築コーディネーター他
今までとは違った、新しい、チャレンジを始めました。

古民家ってどれだけの方々が認識をして見ているだろ。
住み慣れた地域の中で、見慣れない住宅が立ち初め聞きなれない意味不明の文言を連ね、さもこれ以上の住まいは無いかのように語り掛け、住み慣れた地域を汚染する住宅菌の繁殖がここまで住宅の貧素化を大きくしてきたのではないだろうか、古民家は確かに住みずらい部分を持ち備えてはいるが、少しの手を加えれば十分住み続ける事は出来ると思う。不自由さが知恵を生み創造をを生み出し健康を創りだす源となるのではないでしょうか。?
本来住まいは、全ての部材が自然界に戻るもので構成されるべきものなのに、工事の簡素化や工事短縮による個数確保のために生まれては消えゆく新素材(新建材)多くが産業廃棄物が現実
そもそも、新建材等と言う建築素材は存在しないと思う。新建材すなわち何らかの手を加えて
材に似せた類似品にしかない。代用品が本物以上の全ての面において優れているとは到底理解できない。代役はあくまで代役なのではないだろうか。?
あまりにも豊かすぎる生活も過剰気味となり贅沢の域に達し、本来住まいが持つ意味をはるかに越脱して資源の無駄遣いの域まで達しては居ないでしょうか。?
家族の団欒のできる部屋をなくし個室の住宅確かに大切なことかもしれないが、まずは思いやりの精神を家族団らんで構築してからの話ではないだろうか。
確かに、古民家はプライベートルームはないけれども、思いやりや気配りの精神の製造元ではあると思う。
先人の住まいを否定することだけではなく、もっと自然と共有しながら生活して行ける知恵を備えておく事も決して無駄ではないのだと思う。与えら得たものを使いこなす技術はすごくなったと思うが創造し形にして行く事が苦手になってきているのではないか。
作るより買えば良いの精神が多くの人々に浸透しつつあるようで、
凄く先行きが不安です。