http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/68/Tora-no-Mon.JPG
虎ノ門(とらのもん)


[以下引用]



 皇居の周辺に数ある「門」の中の1 つだった虎ノ門は、明治6年(1873)に撤去され、現在では門跡の一部が文部科学省脇に残っているのみです。町名の由来ともなったこの門の名は、四方に、青龍・白虎・朱雀・玄武という獣神を配する四神思想(しじんしそう)によるものと推定されています。江戸城の西に位置する虎ノ門は、西の獣神「白虎」にちなんだ名になったわけです。ほかにも諸説ありますが、地下鉄入口付近に虎の像がつくられているのも、この説が有力視されているからでしょう。

東京メトロ銀座線の外堀通りと桜田通りの虎ノ門交差点にこのトラの像があります。
江戸時代、ここに虎ノ門という見附があったそうで、それを記念した碑だということ。
トラ年に因んで虎ノ門交差点片隅にある虎ノ門碑を撮ってきました。猫ほどの大きさの虎のブロンズ像は昭和37年虎ノ門の記念として建立されたとされており、虎の像の台座に“虎ノ門会”の名前でいわれらしい事が書かれているが判読できなません。
 所で虎ノ門の呼称の由来は諸説あるようです。

①江戸城右手口(四神思想の右白虎)に位置した説
②太田道灌が出陣の際に『千里行くとも千里帰るは虎』と言った説
③立派な桜がありその枝垂れかたが虎の尾に似ていたという説
④朝鮮より送られた虎の檻が大きく虎ノ門を広げて城内に運んだ為という説

その中で①の説が有力のようです。
つまり四方に青龍・白虎・朱雀・玄武という獣神を配する四神思想によるものと推定され、江戸城の西に位置する虎ノ門は、西の獣神「白虎」にちなんだ名になったとされます。地下鉄入口付近に虎の像がつくられているのも、この説が有力視されているようです。

虎ノ門の名が地名に初めて採用されたのは昭和24年(1949年)になってからでありその変遷の概要は次の通りでした。

・昭和13年(1938)11月18日、地下鉄虎ノ門駅が開業する。
・昭和24年(1949)、芝今入町が芝虎ノ門に改称する(現在の虎ノ門一丁目一番地)。町名に「虎ノ門」が 採用されたのはこのときが初めてである。
・昭和52年(1977)9月1日住居表示実施。西久保地区の大部分に近隣の芝神谷町・芝虎ノ門・赤坂葵町 などをあわせて現在の虎ノ門が成立する。

江戸見坂

港区・虎ノ門(二)付近。

ホテルオークラと虎ノ門パストラルの間。
近くには松平大和守上屋敷(現:ホテルオークラ)があった。
葵町と巴町の間の坂。
眺めが良く、江戸市中が見渡せたことから江戸見坂となった。

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