【以下引用】

起源

この寺には「東寺」および「教王護国寺」という2つの名称があり、百科事典等でも東寺を見出し語とするものと教王護国寺を見出し語とするものがある[1] 。さらに正式名として「金光明四天王教王護国寺秘密伝法院」と「弥勒八幡山総持普賢院」の2つの名称がある[2] 。宗教法人としての登録名は「教王護国寺」である。

「教王」とは王を教化するとの意味であり、教王護国寺という名称には、国家鎮護の密教寺院という意味合いが込められている。宗教法人としての名称が 教王護国寺であるため、寺内の建造物の国宝・重要文化財指定官報告示の名称は「教王護国寺五重塔」等となっている。そうした観点からは、近代以降の法人名 としては教王護国寺が正式名称であるといえる。ただし、東寺という名称も単なる通称・俗称ではなく、創建当時から使用されてきた歴史的名称である。平安時 代以降近世まで、公式の文書・記録等には原則として「東寺」という表記が用いられ、それが正式名称であり、「教王護国寺」という呼称は特殊な場合以外には 用いられなかった[3] 。教王護国寺という名称は平安時代の記録類には一切見えず、正式の文書におけるこの寺号の初出は仁治 元年(1240年 )である[4] 後宇多天皇 宸翰の国宝 「東寺興隆条々事書」(延慶 8年=1308年 )、後宇多天皇宸翰「庄園敷地施入状」、豊臣秀吉 が2,030石の知行を認めた天正19年(1591年)の朱印状 な ど、寺の歴史に関わる最重要文書にも明確に東寺と表記されている。現代においても、南大門前の石柱には「真言宗総本山 東寺」とあり、南大門、北大門、慶賀門などに掲げられた寺名入りの提灯には「東寺」とあり、宝物館の名称を「東寺宝物館」とするなど、寺側でも通常は東寺 の呼称を使用している。

本項では以下、「東寺」の表記を用いる。

歴史

8世紀 末、平安京 の正門にあたる羅城門 の東西に「東寺」と「西寺 」(さいじ)[5] という2つの寺院の建立が計画された。これら2つの寺院は、それぞれ平安京の左京と右京を守る王城鎮護の寺、さらには東国と西国とを守る国家鎮護の寺という意味合いを持った官立寺院であった。

南北朝時代に成立した、東寺の記録書『東宝記』によれば、東寺は平安京遷都後まもない延暦 15年(796年 )、藤原伊勢人 という人物が造寺長官(建設工事責任者)となって建立したという。藤原伊勢人という人物については、公式の史書や系譜にはその名が見えないことから、実在を疑問視する向きもあるが、東寺では古くからこの796年を創建の年としている。それから20数年後の弘仁 14年(823年 )、真言宗の宗祖である弘法大師空海は、嵯峨天皇 から東寺を賜った。この時から東寺は国家鎮護の寺院であるとともに、真言密教の根本道場となった。

東寺は平安後期には一時期衰退するが、鎌倉時代からは弘法大師信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として、皇族から庶民まで広く信仰を集めるようになる。中でも空海に深く帰依したのは後白河法皇 の皇女である宣陽門院 (1181年 - 1252年)であった。宣陽門院は霊夢のお告げに従い、東寺に莫大な荘園 を 寄進した。また、「生身供」(しょうじんく、空海が今も生きているがごとく、毎朝食事を捧げる儀式)や「御影供」(みえく、毎月21日の空海の命日に供養 を行う)などの儀式を創始したのも宣陽門院であった。空海(弘法大師)が今も生きているがごとく朝食を捧げる「生身供」の儀式は、21世紀の今日も毎日早 朝6時から東寺の西院御影堂で行われており、善男善女が参列している。また、毎月21日の御影供の日には東寺境内に骨董市が立ち「弘法市」「弘法さん」と して親しまれている。

中世以後の東寺は後宇多天皇後醍醐天皇足利尊氏 など、多くの貴顕や為政者の援助を受けて栄えた。文明 18年(1486年 ) の火災で主要堂塔のほとんどを失うが、豊臣家・徳川家などの援助により、金堂・五重塔などが再建されている。何度かの火災を経て、東寺には創建当時の建物 は残っていないが、南大門・金堂・講堂・食堂(じきどう)が南から北へ一直線に整然と並ぶ伽藍配置や、各建物の規模は平安時代のままである。

梵名の「アチャラ」は「動かない」、「ナータ」は「守護者」を意味し、全体としては「揺るぎなき守護者」の意味である。チベット仏教 などではこの名よりもチャンダ・マハーローシャナ (चण्डमहारोषण [caNDamahaaroSaNa])即ち暴悪忿怒尊の名でより知られる。




鬼瓦
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どすこい空が行く-b
N500系新幹線で
京都に向かっています。
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どすこい空が行く-f
ここは不動堂
不動明王が
おります日本最古
です。
屋根の下に
鬼瓦「おにがわら」の後がありますが
今は落下したので
法佛館の方に
あります。
天を睨んでます。
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どすこい空が行く-d
国宝指定ですが
国からの援助は
少ないようです
60歳から毎日雨の日
も雪の日も 参拝に
訪れる女性
がいました。