たけしの教科書に載らない日本人の謎放送日】2011年1月3日放送【出演】
ビートたけし 荒俣宏 今田耕司 羽田美智子


雪の思い出

雪の思い出

以下引用」
【当日のテレビ欄より】
如来と菩薩と明王…一番エライのは?仏像の序列大公開▽密教とたけし軍団は似ている▽天才バカボンは仏教用語がいっぱい▽怨霊vs空海…平安京(秘)決戦▽初公開!天皇の即位儀礼に密教儀式▽たけし人生初の高野山参り

【出演者】
MC:ビートたけし
ゲスト:荒俣宏、今田耕司、羽田美智子、優木まおみ、柳原可奈子
ナビゲーター:羽鳥慎一(NTV)
VTR出演:カンニング竹山、小島よしお


 

平安前期   空海(くうかい)   風信帖(ふうしんじょう)  

弘法大師筆尺牘(せきとく)三通
(風信帖=ふうしんじょう)
国宝 東寺蔵
(紙本墨書28.8×157.9センチ)
平安時代

 風信帖(ふうしんじょう)は、日本の国宝の中でもベストテンに入り、書の部門ではもちろんトップだと、東寺宝物館教学部主事の藤田昭弘さんは胸を張るように言った。東寺の寺宝の中で、最も出展依頼が多いが、ほとんど断っているという。

弘法大師筆尺牘三通(風信帖) 空海が最澄に送った尺牘(せきとく・書状)三通を一巻に収めたもので、風信帖の名は、第一通の書き出し「風信雲書」から来ている。三通とも空海が唐から帰国後の八一二年ごろのものらしい。

 お経の「止観妙門」を贈られたことへのお礼や、比叡山へ招かれたがまだ行けない、最澄にも高雄山寺へ来てほしい、約束の仁王経を都合で届けられない――といったことなどが書かれている。最澄との親交の様子が、はっきりと伝わってくる。

 東寺には五通の空海の書状があったが、一通は南北朝時代に盗まれ、もう一通は豊臣秀次の所望により献上されたという。

 後に三筆と呼ばれた空海は、唐で書についても多くを学び、日本の書の世界に新たな活力をもたらしたことでも知られる。

 風信帖には、王羲之や顔真卿などの影響も見られるという。だが、唐の影響を強く受けながらも、一方で自由さにあふれ、特に草書では唐にはない優美さもあるといわれる。

 「古跡」を模すことよりも「古意」を学ぶことに心を砕くべきだという、空海の書についての考えが、見事に実践されているのだと、指摘されている。



ろうこしいき上巻・下巻

国宝 聾瞽指帰(ろうこしいき) 弘法大師筆 2巻
金剛峯寺 平安時代
写真上:上巻巻頭
写真下:下巻巻末
弘法大師の著作で、本巻はその自筆本である。内容は儒、道、仏三教について三人の仮托人物に論ぜしめたもので、儒教をべつ毛先生、道教を虚亡隠士、仏教は仮名乞児が語り、儒道仏三教の優劣を論じ、仏教の妙理を説いている。大師が発心出家の意を親戚知己の間に表明したものという。
序文に、「干時平朝御宇 聖帝瑞号延暦十六年窮月始日」とあることから、大師二十四歳の著作であることが判明する。
料紙は縦に簾目(すだれめ)のある上質の麻紙(まし)を用い、書体は行草体を中心とし、まま雑体書風を交え浄書されている。書風は晋唐の行草体をよく学んだと思われる筆致で、やや右肩上がりに、力強く書かれている。
本巻を補訂改題したといわれる『三教指帰』とは序文、十韻の詩が異なるほか、多少の異同がある。下巻末には夢窓国師の跋と澄恵の寄進状を附す。これらによれば、本巻は貞和二年(1346年)、国師が大覚寺の寛尊法親王から拝領し、西芳寺を経て仁和寺に伝わり、天文五年(1536年)仁和寺経蔵から高野山御影堂に納められたことがわかる。

東寺

東寺 - 立体曼荼羅 / 3D Mandala


画像クリックしてください・*:..。o○☆
1114.jpg

根本大塔
弘法大師は高野山開創後、この大塔を真言密教の象徴として建立されたので、根本大塔と言います。再三、落雷等の火災にあい現在の大塔は、昭和12年に完成し、高さ48.5・、約23.5・四面の偉容を誇っております。
高野山宿坊組合・高野山観光協会のホームページ より)