8月も残すところ1週間となる。 アレよアレよと過ぎた。
パリオリンピックで盛り上がり、実際に競技場で観戦し、記事を書く事にワクワクしていたが、今はもはや、気の抜けたぬるいビール となってしまった。

それと言うのも とんでもない事に やる気 を削がれてしまったのだ。

8月12日 それは、パリから戻った翌日の夕方から始まった。
朝は、快調。昼食後 背中と腰に疲労や筋肉痛とは違う何か ズゾーっとした重苦しさを突然に 感じた。
「あれ?何だろう?変だ! 何か変だ!」
そう思っているうちに 重苦しさは、痛みに変わった。 それも 何か得体のしれないドス黒い様な物が、お腹の内側で これでもか これでもかと暴れて、お腹 背中 腰 を痛めつけている。
痛目止めなんかじゃ効くもんかとでも言うかの様に 常備薬のパラセタモールを飲む事を拒ませた。

「痛い!痛い!いたい‼️」
ベッド上で 七転八倒。
すると 胃までもが 暴れ出し、 トイレへダッシュ。
あり得ない!
何度も何度も 嘔吐。
苦しい! 苦しい!
痛みが 苦しさに変わった。
内容物がもう 無いのに 黒っぽい黄色の胃液を吐き続けた。

ホームドクターにエマージェンシー コール 。
緊迫した状況を直ぐに察知され、
アンビュランセ(救急車)が、到着する頃には、痛みと苦しさで 失神寸前だった。

モルヒネを打たれた。
「モルヒン」と言う救急隊員の言葉に苦しみの中の一筋の明るい光を見た気がした。

名前 生年月日 を確認された。 全て コンピューターに私の医療履歴がインプットされているらしい。

家に近い大学病院は、満床なので 違う病院へ行くと言われたが、もう 意識 朦朧として 把握できなかった。


ambulance(アンビュランセ) 


気がつくと 病院の一室らしい所のベッドに横たわっていて、何やら検査されていた。
「尿を採るので、こちらへ」と案内されたトイレには既に尿採取用の深めのトレイが、用意されていた。


きっとこんな感じで 救急隊員と看護師さんで私をベッドに運んだのだろうな(病院のホームページより)


何とか完了し、ベッドに戻ると、ドクターらしき人が、「病室に移動します。 入院です。臓器の炎症及び何かの塊がある。明朝、詳しく検査します。」と言った。
それ以降 朝まで気を失っていた。

ただ、壁の時計が、4:00ちょっと過ぎだったのを覚えている。
アンビュランセが、来たのが、24:00頃だった。


ベッドごと病室へ(病院のホームページより)


     To be continued