マリエン橋から見た 

ノイシュヴァンシュタイン城

マリエン橋は、絶景ポイントで、いつも人でごった返している。

ある程度 人々が、写真を撮り終わると 次のバスが来るまで 空くので その時が シャッターチャンス!!


マリエン橋 吊り橋で無いから 揺れない!!🤣


恐怖の吊り橋 から 車で20分ほど行くと フュッセンという街に入る。 そしてそこから更に山を登って行くとポスターやジグソーパズルでもお馴染みの 美しい城 ノイシュヴァンシュタイン城が、華麗に聳え立っている。

日本から訪問者が来るたび、必ずリクエストされる場所。
中に入るのにチケットを買ってから1時間以上も待たされる。ツアーに入らなければならない。
 いつ行ってもその混み様は、ウンザリだ。

が、今回は、どうでも良いと思っていた城主に興味が湧いた。
オーストリア人の友達が、彼はクレイジーだと連呼し、そのクレイジーに興味を持った。

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かつて19-20世紀(江戸末期から大正時代) にあったミュンヘンを首都とするバイエルン王国の王 
ルートヴィヒ2世



ルートヴィヒ2世


は、思想家でもあり国外追放された作曲家
ワーグナーを保護したことで知られ、ロマンチックな中世の騎士道にあこがれ、ノイシュヴァンシュタイン城など、お伽噺的な城をたくさん造らせた。

ドイツ統一が、進んでいるにも関わらず、国政よりも
常に自分の妄想や夢の世界で生き、女性に興味なく 美形の男性を好んだ。

その後も ルートヴィヒ2世 の浪費癖奇行は収まらず ロマンチックな 近代的な城を幾つも造らせ ワーグナーにいりあげ、多額の援助をし、国の財政を悪化させていった。そして いきなり 
精神病とされ 隔離された。
その後 1886年、突如 侍医グッデンと共に
湖で遺体として発見された。

大臣たちは国王の精神に異常があったと証言。
精神を病んでの自殺又は事故死とするが、真相は、未だ不明。
本当に狂っていたのか?

後の調べでは、
精神科医の診察は 一切 無く、待医グッデンの署名のみの診断書が、作られていた。
また 彼は、我が身が危険だと悟り 一時 ノイシュヴァンシュタイン城に逃亡。
親戚のオーストリア皇后 エリーザベートへの手紙などに 自分の置かれている状態などの悩みを書いていた。

不審な変死
夕刻 散歩に出た ルートヴィヒ2世と待医グッデンは、帰ることはなかった。
が、幾つかの不可解な事がある

1、湖の浅瀬で見つかった遺体より離れた所で ルートヴィヒ2世のマント 上着 帽子が 見つかった。何故 離れたところに落ちている?

2、遺体は、白いシャツ姿とパンツのままであった。

3、彼は、泳ぎ達者であり こんな浅瀬で 自殺したり 事故で 溺死するであろうか?

4、彼の遺体は、無傷なのに 一緒に死んだ グッデンの顔や体には 殴られた様な跡 首には 絞められたような後があった。
もし ルートヴィヒ2世と争ったのなら 彼が 無傷なのはおかしい。

5、なぜか グッデンのポケットには 大金が 入っていた。たかだか散歩に行くのに 当時の労働者の賃金4年分に相当する大金を持ち歩くだろうか?

6、当時の時計は防水効果はない。水に濡れると すぐに止まる。
ルートヴィヒの時計は 18:45で止まり グッデンのは20:00で止まっていた。
そこから考えれば、ルートヴィヒ2世の方が 先に死んでいる計算になる。
いったい この時間差に何があったのか?

実際 ルートヴィヒ2世に生きてて貰っては困る輩は、大勢いた。 
政治より自分の夢の世界に生きてる王では、困る。
が、国民には好かれていたそうで、城下や山にフラッと現れては、気さくに話していくという自由人だったったようだ。

森鴎外が、独自の観点で綺麗なクライマックスを小説にしたが。

溺死という事を大臣達は、何故隠したかだ。
何故 待医の首に絞殺の跡があったかだ。
王が、発狂しての仕業と言ってしまえばそれまでだが、グッデンが、大金を所持していたこと 精神科医の診断もなく グッデンのみの署名で作成された診断書も変だ。

実際、その後、能力の無い弟を飾りにして叔父が、実質の王権を用意されてたかの様に素早く握った。
既に 大臣達との申し合わせがあり シナリオは、できていたのでは??

この変死を巡って ミュージカル、映画、小説などで、取り上げられている。

さて 皆さんは、どう 推理されますか?
名探偵ポアロ⁉️ マープル❓金田一耕助⁉️
🤣🤣🤣
もし よろしかったら 一緒に推理してみませんか??

次回は、この変死した城主の愛したノイシュヴァンシュタイン城の幾つかの内部や 遺体発見現場の写真を載せますね。