去る3月16日に、母は亡くなりました。
享年95歳。
本当は15日に呼吸は止まっていたようですが、死亡診断書の時刻が0時6分だったので、16日になっています。
介護医療院に転院してから、3日後のことでした。
いろいろあり過ぎて、ブログを書く暇がありませんでした。
でも手書きで記録を毎日書いていたので、2週間でB5のノート1冊分になっています。
これをブログに全部書こうと思ったら大長編連載になってしまうので、ポイントだけ簡単に、まとめてみたいと思います。
(とか言って、私のことだから、書き始めたら絶対長くなってしまうんだよね?)
母は1月24日に救急搬送されて、心不全と診断されました。
治療が終わると退院しなければならないので、2月9日にリハビリ病院へ転院させて貰いました。しかしここも最長60日間しか居られません。そこで、ソーシャルワーカーから介護医療院への転院を提案されたのでした。そこなら看取りまでしてくれるので、最期まで居られます。
それまでの間、リハビリ病院に約1ヵ月間入院していましたが、殆ど経口摂取ができなくなっていて、点滴で生き永らえている状態でした。
面会の度に痩せ衰えていく姿を見るのは辛くて、点滴は母の苦しみを長引かせているだけではないか? と思っていました。
因みに、母がリハビリ病院に入院中に、父も閉塞性黄疸で入院してしまいました。
違う病院なので、掛け持ちで面会に通うことに。
それでも父は19日間で退院できたから良かったものの、入院前よりもかなり弱っていて、在宅介護状態になっています。
3月13日、やっと介護医療院へ転院できる日が来ました。
ストレッチャーに寝たままの状態で介護タクシーに乗せて、1時間かけて終の棲家へ移動します。
到着すると直ぐに母は検査室へ連れて行かれます。私は入院手続きをして待ち、やがて主治医に呼ばれました。
CT画像を見せて説明してくれます。ガリガリに痩せて骨と皮状態になっているので外見からはよくわからなかったけど、実は体の中には浮腫みがあったのでした。CTには胸水と腹水が映っています。それに体幹四肢の浮腫みもありました。
前の病院で点滴を1日1リットルも入れていたからだ、と先生は言います。
栄養失調でアルブミンがすごく少ないので、せっかく点滴で水分を入れても血管の中に水分を溜めておけなくて血管から漏れて浮腫んでしまうのです。
特に右脇に水が顕著に溜まっている所がCTに映っていたので、母は右脇を手で指して「痛い」と呟いたことがあったのはこの為だったのか? と思った。
点滴すると浮腫んで苦しい、しかし点滴しなかったら死んでしまうし、どうしたらいいの?
そこで先生の方針は、「点滴を半分の量に減らす。場合によってはもっと減らす」とのこと。
それにお楽しみの為に「溶けないアイス」を経口摂取してみるとのこと。
末梢点滴だけで経口摂取なしだと、平均余命は2ヶ月間。母は既に1ヶ月経過しているので、余命30日だと先生に言われましたが、私もそうだろうと思っていたので、冷静に受け止めました。
「でも環境が変わったのが刺激になって、奇跡的に口から食べられるようになったとしたら話は別ですが」
と先生が言ったので、
「そう、そうなんです、母は今までも何度も復活している人なんですよ! また食べられるようになって生き返るかも?」
と私が嬉々として言うと、先生は「それはもうないでしょう」っていう表情をしていましたが。
ともかく、ここなら苦しまずに安らかに最期を迎えさせて貰えるとわかって、救われた思いがしました。
良かった!
病室は4人部屋ですが、母のベットは幸い窓際だったので、明るくて良かった。
窓からの景色も良くて、桜の木々も見える。もうすぐ桜が咲いたらきれいだろうなあ。
でも桜が咲く日まで母は生きてるかどうか?
この病院には、「リハビリガーデン」という庭がありました。
この時はまだ寒くて、庭には誰もいませんでしたが、暖かくなったら花が咲いてきれいになって、患者さんたちがここでリハビリをするのかも?
いいなあ~。私が勤めていた介護施設にも、こんなガーデンがあったら良かったのにね。
手摺りがあるよ? ここで歩行練習が出来るわけだね?
白梅が満開の季節。
小さい温室もあったので入ってみると、あら~、ステキ。
余命30日とは言われたけれど、2週間くらいしか持たないかもしれないので、毎日面会に来ようと考えていました。
それが、たったの3日間で終わることになるとは。
(やっぱり長くなってしまったので、次回に続きます)












