サービスありきか利用者ありきか
私の生きる道は
自分も他人も壊れない生き方。
現代はやくざなやり方で弱い人たちを食い物にし
利用し、ぼろ雑巾のように吸いとろうとする人が増えてきているように思います。そしてそれにはまった人は、たらい回しにされ、再起不能か社会に恨みをもち、犯罪をおかす。自分たちを正当化し、会社が職員をやくざなやり方でおどひ、自立化させず、教育放棄し、肝心なところを教えず、いつも上司が優位な
試験管と受験生の形をつくりあげる。やくざな会社は
利用者を自立化させず、逆に再起不能にする。職員の逆襲が始まる気がする。互いに理解しあえず、どちらかが優位にたとうとする社会は、なんら戦国時代と変わらない。できない人を量産し、肝心なところを教えない仕組みは介護予防の相反する位置にある。
本当に自分を大切にできる人がいない。知らない。知っては困ることはかくし、教えない。責任すらとらせないし、ただ、言いたいだけ、自分の立場を主張したいだけの人は本当に人を自分のストレスのはけ口にしかできない生き方。周りの人がどんどん壊れていく。自分だけ壊れないで。周りが身代わりに。こんなのはおかしいなあ。自分も他人も大切にしてないから。お遊びはいらない。すべてを不幸にするだけ。自分を慰めているだけ。自立の反対の依存関係。私は腹をくくって大切なことに向き合いたい。
共依存から離れる勇気を持って。
だから生き方は変えない。変わらない。人の道をいく。目の前の人や自分の目の前の感じること、普通をしっかりみる。会社にたとえ、束縛されても、その生き方、魂は渡さない。サービスより利用者、家族のそばに、ヘルパーのそばに、いたい。何がその人に必要か一緒に考えたい。押し売りでなく、空想でなく、現実を明らかにしたい。できることできないこと、身の丈を無理しなくていい。そのかわりできると感じたことは魂を込めてやる。それが自分を大切にすること。
書くことを辞め
右脳に入れる。入る器をつくる。いらないことを整理して、捨てられることは自分を大切にすること。
いつも入る器でいれること=自立
もっと自分を愛していいさ
抱きしめていいさ
捨てていいさ
あきらめていいさ
大切にしていいさ
それがやがて
平和につながるから