幸せの意味
ある定期購読しております、メルマガから。
神が人を幸せにするために天界から降りました。
目の不自由の人は
神に「私は愛する家族の顔も綺麗な夕日もみたことがありません」と訴えました。
神は彼に視力を与え、
彼は幸せになりました。
「私は凍土上でも炎天下でも労働を嫌いませんが、
自分の土地は一寸も持っていません」
と訴えた農民には神は農地を与えました。
農民は幸せになりました。
貧乏な青年がやってきて言いました。
「神様、私にはお金がなく家族も持てません」と。
神は彼にお金と美しい妻、可愛い子供を与えましたが、
青年は暗い顔で「神様、私には才能もありません」とさらに訴えました。
すると神は彼に才能も与えました。
数日後、青年はまだやってきてとうとう言いました。
「神様、私には幸せがありません。ください」と。
神は少々躊躇されましたが、
「与えよう」といってこれまでに彼に与えた全てを撤回しました。
青年は一人ぼっちのホームレスになり、
飢餓と悲しみと孤独に暮れる日々を送ることになりました。
二年後、神は青年に家族だけを返しました。
すると青年は「私は幸せだ!」と
号泣しながら妻と子供を抱きしめました。
読みながら、考えさせられます。
わからない、気づかない、と不幸です。
現代社会、現状に不満は蔓延しています。
私は不満を持っていないといったら大嘘になります。
が、幸せの意味を忘れているだけなのかもしれません。