入院から、長男の様子は日々変わっていて、正直驚かされたり、ショックを受けたりの連続だった。
けれども表情には出さない。
「殺された」とか「死ぬ」とか騒ぐ長男にも
「死なないよ」「治るよ」とただ穏やかに対応した。
毎日面会に訪れて、看護師さんにも明るくあいさつした。
そんな私たちに看護師さんがこう話しかけたことがある。
「すごいですね。お母様もお父様も。いつも落ち着いて対応されてて。
私だったら…とてもそんな落ち着いてはいられないですよ。」
確かに、今の状態って親なら落ち着いては居られないかもしれない。
私だって、落ち着いてるわけじゃないけど…取り乱しても仕方がないし。
今起きてしまったことは仕方ない、大事なのはこれからだもの。。
とにかく気が張ってた。
取り乱して、的確な判断が出来なくなることは避けたかった。
病院の先生とも看護師さんともいつも最善を尽くしてもらえるよう、
感情的にならずに冷静に話し合って行きたかった。
「急性脳炎」と分かってからの数日は長男の様子はあまり変わらなかった。
「いつも、おいしいごはんをいつもありがとうございます。
ごはん、ぜんぶ好きで、本当においしい。力がつく。
作った人にありがとうと伝えて下さい。」
と何度も頭を下げてお礼を言う長男に、食事を運んで下さる方は苦笑していた。
看護師さんにも
「体温を測りに来てくれてありがとうございます。」
「点滴を変えてくれてありがとうございます。」
「お薬を飲ませてくれてありがとうございます。」
と必ずいつも何度も頭を下げてお礼を言った。
いつも情緒不安定だったが、
「みんな良い人…」
とつぶやいて、自分に何かしてくれる人には心から感謝していた。
そして、相変わらず、見えない何かに脅えている。
悪魔だったり、オオカミだったり。
痙攣も幾度となく起こした。
白目をむいて、泡を吹いて、小刻みに揺れる長男の姿は何度見ても見慣れることはなかった。
もうずっとこのままなのかな・・・・・・。
私と夫のこと、弟のことを分かってくれているのは嬉しかったが、
それ以外のことは何も考えられないようだった。
近所の友達、幼稚園のこと…。何にも話さなかった。
長男は「家に帰って、四人でお布団を並べて寝たい」と言っていた。
私や夫が帰ろうとすると泣き叫び「俺も帰りたい」と言った。
家に帰してあげたい…。
でも、こんな状態で、いずれ退院したとしても、やっていけるんだろうか。
仲のよかった近所の友達は、これまでのように遊んでくれるかな…。
お互いに「親友」と呼び合うほど、気の合う男の子がいた。
二人とも体を動かすことが大好きで、いつも誘いあって走りまわって遊んでいた。
彼はこんな長男を受け止めるだろうか?
子供は正直だから、
訳の分からないことを言ったりしたりしてしまう長男と遊んだってつまらない
なんて、思うんじゃないかな
……と考えると悲しくなった。
1月21日(土) 入院6日目
とても寒い日だった。
雪が降った。たくさん降って降り積もった。横浜では珍しいことだった。
普通のタイヤしかはめてない車では通えず、夫と歩いて病院に向かった。
普通の靴では危なくて、登山用のトレッキングシューズを履いて用心深く歩いた。
踏みしめる雪の感覚…雪を踏む音、足先から伝わる冷たい感覚…今でも覚えている。
病棟に着くと、長男のベッドのサイドテーブルの上に銀のトレイがあり、
その上には雪が入っていた。
病棟の保健婦さんが持ってきてくれたものだった。
長男はその雪を手のひらで触り、目線はどこか宙を見ていた。
冷たい雪の感触を…楽しんでいたのかどうかはわからないけれど、
無心で弄んでいた。
「外に出れないでしょう。きっとストレス溜まってると思うんですよね。
ちょっとでも外の空気に触れさせてあげたくて。」
保健婦さんが笑った。
私たちはお礼を言った。
やがて雪は溶けて水っぽくなり、保健婦さんが下げてくれた。
長男はまだぼーっとしていた。
「どう?冷たくて、気持ちよかった?」
長男は無反応だった。
以前の長男なら…こんなに雪が降ったら大興奮で、一日中遊びまわったことだろう、と思った。
「お外はたくさん雪が積もってるんだよ。雪遊びとかできるくらい。」
と話しかけると
「△△(次男)と雪遊びしたい」
と言った。
2年前、お正月に夫の実家(熊本)に帰省した時にたまたま雪が降り積もった。
その時、弟や、従兄弟たちと雪遊びをした。
もともと九州、四国、そしてこの横浜でしか暮らしてないから、雪遊びの経験なんて少ない。
でも、弟と雪で遊んだことを覚えていたのだろう。
「…△△に会いたい。
……会いたい!!」
また長男が泣きだした。
一度こうなるとしばらくは泣きっぱなしになる。
私も会わせてあげたいよ。
でも、今はまだどうすることもできない…。
とても寒い一日だった。
病院の中に居る時はいいのだけど、行き帰りや、昼食を摂りに外に出た時にはとても寒くて悪寒がした。
(前日まで、私たちが面会に来ている間中私たちを離さず、
薬を点滴されていても決して眠らなかった長男が、眠るようにもなった。
だから私たちは寝ている間に昼食をとった。)
夜、家に帰ってからも私の悪寒は止まらなかった。
ひどい咳が出て、
その夜から朝にかけては高熱が出た。
【つづく】