2006/1/16
<救急診察室前>
私は診察室の前の長椅子に座り、しばらく診察室のドアを凝視した。
スライド式のドアはピッタリと閉ざされており、密閉性は高いらしく、中の音はあまり聞こえない。
私はずっと次男を抱いていた、と思う。
どのくらいの時間だったか…。
退屈した次男が何か本はないかというから、本が数冊置いてある場所まで少し移動した。
絵本を手に取り、また診察室の前に戻るが、本を読めるような気分じゃない。
でも、次男がぐずるので、仕方なく、心ここにあらずのまま、器械的に絵本を読む。
一体、長男に何が起こってるの??
・・・この一週間、おかしかった。
私、おかしいって思ってたのに。
私はこの一週間の間に自分にできたことがあったのではないかと懸命に思いを巡らせた。
いくら考えても・・・
今現在、長男に起きていることが何なのかすらわからないのだから、何もわかるはずがなかった。
もどかしかった。
けれども、原因も彼の病名も今は重要じゃない。
もとの長男に戻ってくれればそれでいい。
無事でいてくれたら、それでいい。
神様、お願い!
相当長い間待っていたと思う。
30分か1時間か・・・?
会社に出ていた夫がやってきた。
救急車の中から私が連絡していた。
勤務地は東京。1時間くらいはかかるはずだが、すぐに駆けつけたのだろう。
やってきた夫にこれまでのことを話した。
それにしてもあまり長いこと待たされるので、私は受付に尋ねた。
さらにしばらく待っていると、外来とはすこし違う制服を着た看護士が声をかけてきた。
「息子さんは、4階の小児病棟にいます。」
私たちは看護士に案内され、地下の救急外来から、医局内部専用のエレベーターで4階に上がった。
「一体どういう状況なのですか?」
夫が尋ねた。
「痙攣を抑えるための処置をしました。今は治まっています。
これから様々な検査をすることになります。
詳しくは担当の医師が来ますので、聞いてください。
・・・ところで、弟さんなのですが。」
次男?
小児病棟には両親以外は入れないらしい。
セキュリティとウイルスの流入や感染を防ぐためで、特に子供は入れないとのこと。たとえ兄弟でも。
「わかりました。」
夫が言った。
「俺が次男を見ておく。お前長男の所に行って。
お前の方がこれまでの状況分かってるから。」
私は次男を夫に預け、
どこをどう歩いているのかよくわからないまま、
いつの間にか、小児の入院病棟の中に案内されていた。
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<小児病棟・PICU(小児集中治療室)>
とても綺麗な病院だ。ドラマのロケによく使われることで有名。
美しく、機能的な、現代的な病院。
これはドラマじゃない。
でも、錯覚しそうなくらい、目の前の風景は私の知ってる現実とは遠い気がした。
ナースステーションが真ん中にある。
丸みを帯びたカウンターの内部には数人の看護士が、忙しそうに立ちまわっていた。
そのナースステーションから一番近い少し広めの病室。6人分のベッドスペースがある。
ドアは開け放されていて、いつでもナースステーションから見え、すばやく駆けつけられる位置にあった。
部屋はほの暗く、窓にはカーテンがかかっていた。
その部屋の中の、左手、一番手前に長男がいる。
長男は口に酸素マスクをあて、点滴をしており、腕や胸のさまざまなところにパッドをあてられていた。
ピッピッピッピッ
計器の音がする。
上部に取り付けられたモニターに心拍数などのグラフが動いている。
長男は・・・眠っているのか・・・・。
計器の音は長男のものだけではなかった。
いくつかの異なる電子音が部屋のあちこちから聞こえる。
同室の患者の中には、まだ数ヶ月くらいの赤ん坊もいた。
それぞれに様々な計器や機械がついていて、医師や看護士の出入りが半端ではない。
機械音に交じって、緊迫した様子の医師・看護士のやり取りが聞こえる。
この部屋が、少し特殊な病室だということはすぐにわかった。
いわゆるPICU、小児集中治療室と呼ばれる部屋だった。
隣の部屋との壁の一部はガラス張りになっていて、隣の部屋には、まだ生まれてすぐくらいの赤ん坊が、やはりいろんな機械に囲まれて寝ている。
隣は、新生児集中治療室のようだ。
どちらの部屋にいても、すばやく異変に気付けるようになっているらしい。
ピリピリと緊張した空気が流れていた。
この風景の中に、私の息子がいる。
担当の医師と看護士がほどなく来て、挨拶をした。
そして、これからの検査スケジュールなどについて説明を受けた。
注射と点滴で、なんとか痙攣が治まったこと。
これから頭部のMRIとCTのスキャン、血流の検査等をすること。
検査結果が出なければ、今の時点では何の病気かもわからないということ。
治療に際して、いくつかの書類に記入や署名が必要だった。
別室で手続きをすることになった。
入院に際しての問診票、治療の同意書、”身体拘束”の同意書・・・。
長男の今の精神状態では、どんな動きをするかわからない。
危険な動きをする場合、拘束もありうる。
やむを得ないと思った。
私はそれらの書類に記入と、サインをした。
いったん小児病棟を出ると、ガラスの扉の向こうに、夫と次男が待っていた。
夫は看護士からだいたいの様子を聞いていたようだ。
入れ違いに今度は夫が小児病棟に入り、長男の様子を見に行った。
この病院の小児病棟への立ち入りは厳格だった。
病棟の入り口にはガラスの自動ドアがあり、モニター付きインターホンで名前を名乗った後、決まった暗証番号を入力しなければ開かない仕組みになっている。
出る時も内部からまた違う数字のキーを入力しなければならない。
暗証番号は毎月変わった。
番号を知らされるのは、入院している子供の両親のみ。
他の人は同伴であっても、中へは一歩も入ることを許されていなかった。
一般の人が使えるエレベーターは一ヶ所にまとめられてあり、エレベーターから、すぐ右手が小児病棟である。
エレベーターの前にソファが置いてあった。中に入れない人はここで待つことになる。
私はそこに次男と座り、夫を待った。
次男がおなかがすいた、と言った。
もうお昼をとっくに回っていた。
夫は意外と早く出てきた。
長男は相変わらず眠っており、痙攣もしばらくは治まっているようだ。
これからMRIを撮るとのことで、投影室に移動になったらしい。
夫と次男は売店で昼食を買って、小児病棟の前のソファで(何か変化があった時のために)待機し、
私は入院荷物や印鑑を取りに自宅に戻ることになった。
私は、歩いて15分ほどのこの病院に決まったのは小さな幸いかも、と思いながら、
ずっと丸めて持っていたダウンジャケットを着て、自宅へ急いだ。
早く、歩こう。急いで歩こう。
歩くことに意識を集中した。
口から泡を吹いて大きく体をくねらせた長男と、
PICUで酸素マスクをあてて眠る長男の顔がフラッシュバックしてくるのをかき消した。
感情の波に飲み込まれてはいけない。
冷静に、善処していくことが一番大事だと自分に言い聞かせ、黙々と歩いた。
【つづく】