2006/1/16 朝 <自宅>



「消防です。火事ですか?救急ですか?」


「…救急です。」


私は問われるままに今の状況について答えた。


6歳の息子が、一週間前から調子が悪く、今日になっておかしな行動をすること・・・。


朝から起きてるこの異常な感じを、どうしたら簡潔に、正確に伝えることができるか・・・悩みながら、懸命に説明したが、なんと言ったか、実はあまり覚えてない。


「こんな息子は、初めてで。どうしたらいいのかわからないんです。。」


と少し震える声で言ったのは覚えている。
私の感じている違和感や不安を伝えたかった。
あるいは119番してしまったことへの動機づけか。



「お母さん、病院には連絡しますから、自分でお子さんを病院に連れて行けますか?」


もちろん、普段なら私が子供を病院まで連れていく。車の運転もできる。
でも、今は。
自信がなかった。


長男が気を失ったら?車を乗り降りするのに暴れたら?運転中突然暴れたら?

今の私の精神状態で運転することも、そもそもどうかと思った。


「あの、小さい弟もいるんです。
今の状況で運転できる自信がありません。」


私は正直に言った。


3歳の次男を自宅に置き去りにするわけにはいかない。


「分かりました。救急車が向います。10分ほどで到着します。」




電話を切って、ほんの束の間放心状態になった。


どうなっていくのだろ・・・・・。


でも、呆けている暇はなかった。混乱する頭で保険証と財布をとった。
次男におしっこに行っておくように言い、長男の着替えを一式タンスから出しバッグに詰め、次男の外出準備、私の・・・外出準備・・・もちろん化粧なんてできない。どんな服でどんな髪でどんな顔でなんて二の次。自分のことはどうでも良い。
寒い季節だったから、3人分の厚手のジャケットもとった。
行きが救急車なら帰りは歩いて帰らねばならない。


帰れるのか?


その時は帰れると信じてた。信じたかった。



その間長男は2階の布団の上に倒れてた。
眠っている?
準備してる間は大人しくしてもらえるに越したことはなく、私は声をかけずにいた。


準備がなんとかできた。
遠くでサイレンの音が聞こえる気がする。


2階の長男に声をかけようと近寄ると、声をかけるより早く、長男はむっくりと起き上がり、トントンと階段を降りた。


私も後を追うように階段を降りた。


私は階段を降りたところで長男を追い越して、玄関を出た。


救急車を誘導するために。


私は玄関の戸を開けたまま、近くまで来た救急車に手を振った。


玄関の中を覗き込み、そこに長男がいるのを確認しながら。


救急隊員が私の家を確認できたのを見て、私は家の中にもどり、長男の肩を抱いた。


長男はまたフワリと倒れるように私にもたれた。


そこに救急隊員が入ってきた。


「この子ですか?」


「はい。」


「移動できますか?」


私は長男を立って歩くように促してみた。


すると長男は導かれるままとことこと自分で歩いた。


私が用意したサンダルもちゃんと穿いた。




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<救急車の中>


救急隊員は運転手も合わせて、3人…くらいだったろうか?
長男と私と次男、3人が乗り込んだ。
乗り込む時、近所の人が心配そうに出てきていたが、もちろん話している余裕なんかない。



救急車の中で、救急隊員は私が渡した保険証などを確認しながら、長男に質問した。


「ぼく、名前は?」


長男は相変わらず宙を見るような目をして前を向いていたが、その姿勢のまま


「・・・○○○○。」


小さな声だがフルネームで答えた。
私はちょっと驚いた。まともなの?


「そうか。歳はいくつ?」


「・・・・・・・・・・・・。」


長男は何も答えない。完全に固まっている。


「えっと。今何歳かな?」


「・・・・・・・・・・・。」


私は固唾をのんで、そのやりとりを見守っている。


「お名前は?」


隊員はさっきと同じ質問をした。


「・・・?」


長男はすこし小首をかしげるようにして、・・・・・・無言だった。


そこから先は何を聞いても反応がなかった。


隊員は私に向き直り

「普段から、言えない?内気な子?」と聞いた。


そんなわけない!


もう6歳。4月には7歳になる。そのくらい言える。

それに人一倍おしゃべりで、元気な子だった。

(でも、そんなことこの隊員さんは知らないよね。)


「いえ。もう6歳ですから。ちゃんと答えられるはずです。」


「そうですか。いつからこんな状況ですか?過去に疾病がありますか?」

私は問われるままにこれまでのことを話した。



もう一人の隊員は病院に電話していた。
なかなかつながらないし、つながっても電話に出ないらしく、何度も、何十回もコールをしていた。
(後に経験するのだが、この大学病院の代表番号は一つしかなく、いつもつながらなかった。担当医師や看護婦は「連絡をくれ」と気軽に言うが、これが簡単ではなかった。)


やっとつながり、幸いにも受け入れてくれたようで、搬送先の病院が決まった。
自宅にほど近いS大学病院だ。


ようやく車が動き出した。



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<病院・救急診察室>


病院に到着すると、長男は移動式のベッドに寝かされ、そのまま救急診察室に運ばれた。

私と次男、救急隊員のひとりが一緒に従った。


医師は比較的すぐに来てくれ、救急隊員はこれまでのいきさつを医師に簡単に説明して去って行った。


医師はあらためて
「どうしたのですか?」
と私に聞いた。


私は、長男が一週間前に熱を出して以来、ずっと元気がなかったこと、今朝になって様子がおかしいことなど、さっき救急隊員に話したのと同じようなことをまた繰り返した。


そう、話している途中・・・


「!!」


なにかガタン!と衝撃がした。


長男の様子を見ていた看護婦が大きな声を出した。


「ケイレンです!」


長男の体が大きく波打った。ベッドが揺れる。
医師が慌てて長男に近寄る。
他の看護婦も来た。


その何人かの手や顔の隙間から、口から泡を吹いている長男を見た。


「お母さん、ちょっと出て下さい!後で呼びますから!」


私は診察室を追い出された・・・・・・・。





【つづく】