これまで生きてきた中で、一番忘れられない日はあるか、と聞かれれば私は即答できる。


結婚した日

子供を産んだ日

父が死んだ日


そのいずれも私にとっては忘れられない日だけれど、

それよりももっと、つき刺さるような強烈な一日があった。




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2006年1月16日月曜日


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その一週間前から予兆があった。


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1月9日月曜日 朝


幼稚園の年長だった長男。

この日は冬休み明けの最初の登園日だったが、具合が悪いという。

熱を計ると38度を少し越えていたので、園を休み、小児科を受診した。


医師はサッと診て「喉は腫れてませんがね。風邪でしょう。」と抗生剤と風邪薬を処方してくれた。


昔からよく熱を出す子で、赤ん坊のころは41℃を出したこともある。

40℃に到達することもしばしばで、

38℃くらいなら、普段なら「幼稚園に行く!」と言い張るくらいの熱だ。

とにかく元気が良くて、幼稚園が大好きだった。


その長男が、すごく元気がない。

珍しいな、と思いながらその日は家で休んだ。


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火曜日


熱は37℃くらいになっていた。

「幼稚園どうする?」と聞くと

「行きたいけど…苦しくなりそうだから休む。

なんだか気分が悪そうだ。

この日も一日元気がない。


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水曜日


やはり熱は37℃くらい。

元気がなく、今日も休むという。

こんなに元気のない長男は見たことがない。

私はもう一度小児科を受診した。


「熱はないし(37℃前後では発熱とは言えない)、のどもはれてない。

具合が悪く頭が痛いならば、胃腸薬と頭痛薬を処方しましょう。

熱は無いから抗生剤はもういいでしょう。

具合がよくなったら、幼稚園に行っていいからね。」


医師はなんでこの程度で受診するのか?と言いたげにも見えた。



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木曜日


やはりぼんやりしてる。

うえっとなりそう(吐き気)だから幼稚園には行かないという。


幼稚園で何かあったというはずはない。

冬休みからずっと幼稚園に行きたい!と楽しみにしていた。


この日も一日家で過ごした。


だいたいこの子が一日家にいられるなんて、これまでなかった。

熱があっても幼稚園に行きたい!外で遊びたい!と駄々をこねていた子なのに。



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金曜日


熱は37℃前後が続いている。

やはり元気なく、幼稚園には行かないという。

私はまた小児科を受診した。いつもと違うものを感じていた。


「別に悪いところはないよ。」


医師はあきれているように見えた。


少し体調を崩してるんだろう。土日まで休めば、来週からはまた元気になるだろう、

と私は自分に言い聞かせた。



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土曜日


長男が珍しく外で遊ばないので、家族でポンジャン(麻雀の子供版のようなもの)をしていた。

点数を集計していくのだが、この計算はいつも長男の役目だ。

夫が熱心で、早くから桁数の大きい足し算・引き算、挙句は鶴亀算まで教えていた。

その計算が遅い。その上間違える。・・・どうしたんだろう?

普段なら夫の叱責が飛ぶところだが、この日は夫も流石に

「お前、大丈夫か。具合悪いのか・・。」という程度にしていた。


長男は

「あれ・・・。なんだろうな。なんだかぼーっとして、計算ができない。」

とはにかんで言い訳するように言った。



ゲームの途中。

長男の番が来たのに、長男はぼーっと前を見たまま動かない。


「お前の番だぞ」

「○○(長男の名前)?」

私たち夫婦は顔を見合わせた。

長男は私たちの問いかけにもまったく動かない。


なんで動かないの??


どういうこと?ふざけてる?? いや・・・ちがう?


「オイ!○○!!」


「○○ちゃん!?」


どのくらいの時間だったか・・・多分1分もたってないだろう。15秒くらいだったのかもしれない。

だけど、その時の私にはとても長い時間に感じた。

何を言っても長男は蝋人形のように固まっているのだ。


その動かなかった長男が突然動き出した。

そして何事もなかったかのように、

「オレの番ね。」

と言って牌を取った。



また私たち夫婦は顔を見合わせた。


「○○、今、どうした?」


「?・・・何が?」


「何がって、今動かなかったろ?」


「どういうこと?」


「名前読んでも返事もしなかったし」


「え?オレが?」


長男は何変なこと言ってんの、という感じでさっと流し、普通にゲームを楽しみだした。


それは不思議な感じだった。

まるで、長男の中でだけ時間が止まっていたみたいだった…。


私たち夫婦は何か釈然としないものを感じながらも、

長男は機嫌よく遊んでいたので、まあいいか、と流してしまった。


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そして週明けの月曜日。1月16日。


この日が私にとって、おそらく生涯忘れえぬ日となる。





【つづく】