病気をしてから、好きだったハイボールもビールも呑まなくなりました。

今日はお祝い事があって、久しぶりに少し呑みました🍺

なんだか、ふわ〜と思考がゆる〜くなって楽しい?というか、日頃の硬くなっている気持ちがほぐれたような感覚に久しぶりになりました✨

いつも、こんなほんわか〜😁した脳内だったら気持ちが楽だろうな〜という感覚😊に一時的になりました✨ 


くも膜下出血を起こした3年前、動脈瘤破裂による発症でしたが、自分の脳内に動脈瘤がある事も知らなかった…


命落とさず、奇跡的に後遺症もなく戻ってくる事ができて、ありがたく、尊い気持ちと、何か条件が揃わなかったら、今の自分はなかったのかもしれない…と思う恐怖心とで、この3年間、よくないと思う事はできるだけ排除して生活してきました。


1日2回必ず血圧測定などバイタルチェック


塩分、食事に気をつけること


アルコールは摂らない(お祝い事など行事の時のみアルコールを楽しむ)


仕事の制限(働き方を変えてもらいました)


気温差の調節徹底


焦らない事、無理をしない事、慌てない事


それは今も継続していて…それだけあの発症した時の恐怖は人生最大だったんだと思っています


ただ、いろいろ気をつけていても、例えば再発だったり、新生動脈瘤ができたり…ということがあるとしたら、もうそれは運命なんだと腹をくくるという気持ちも自分の中で芽生えてはきているのも現状ではあります…



子ども達もそれぞ巣立っていき、一段落ついていること。これは安心材料…


心配なことというと…

夫の飲酒の量がかなり多く、体調に影響するんじゃないかという心配から(現に胆のう経過観察あり)、日頃から制限の提案をするものの、(何度も何度も様子見ながら提案している)そういう話をはぐらかす夫、口では気をつけると言うものの実行しない夫への歯がゆさ…


母も高齢でいろいろあり、今は施設に入って母の体調も安定している今日この頃ではあるものの…

ただ面会の度に、いろんな感情が押し寄せてきて…

施設だからこそ、元気で安定しているという安心…


施設だからこそ生まれる母の不満や不安、愚痴…


そして、面会に行くたび、母の様子や言動で時には安堵したり、「施設に入ったことで母の素質としてある社交性を引き出せているなぁと、いろいろ愚痴はあれど、同世代との交流があることで生き生きしているなぁ」と私として感じてみたり、でも母からの不満や愚痴を聞くことで、「母にとっての幸せとは…私達子供を育て上げ、夫との死別、そしていざ老後を迎えたら脳梗塞起こして施設に入居…母の人生はこれで納得しているのだろうか…」と…

面会からの帰り道は、どうしても気持ちが落ちてしまう自分がいて…


もっと切り替えて、もっといまの状況を信じて、誰しもが完璧に満足な人生なんて望んでもなかなかそうはいかないということ、もう少しポジティブに…と思もうと…


人に話せば、「真面目だねぇ〜」と言われると、なんだか気持ちが落ちます…


私、クソ真面目…

自分の身体にしても、夫の心配にしても、母の事にしてもクソ真面目すぎる自分が時に嫌になる事もあります


もっと気楽に、もう少し成り行きにまかせて…


人生一度きりなのに、こんな感情に支配されている自分って…と思う…


これが今の私の課題です…