今日は、直傳靈氣の後期の授業の再受講に行ってました。
受講生は、11人に対して、先生方は6人で霊授という、すごく贅沢な感じになってました(笑)
私は師範格なので、前期の授業しか教える資格がまだなく、本日は私の生徒さんが後期を受講したいとのことで、見守るつもりで再受講をすることに決めました。
定期的に再受講することで、気持ちが引き締まって良い感じになりました。
今まで再受講に、何度か参加したのですが、4人とかの先生の時はありましたが、6人は今までになかったので、なんかすごかったです(笑)
部屋の中がエネルギーがガンガン廻っていて、くらくらするくらいでした
今日は参加して良かったと思いました。
で、それとは関係なく昼休みにしていた会話の話ですね。
「人間は産まれる前にすべての運命を決めてきた」と当然のように二人の人が、うんうんと言いながら話ししていたのですね。
「アガスティアの葉」とかの話しもありますし、自分で決めていると思っているけど、すべては決まっていて、そう思わされているだけだ。というのを信じてるわけですね。小林正観さんとかも、その話しをしていたのを覚えています。
しかしながら、私の意見は違います。
私の感覚では、ゲームの設定と同じなのではないかと
毎回、選択肢があるわけですね。 1の設定を選んだルートと、2の設定を選んだルート
3の設定を選んだルート。 つまり、選んだ先のルートの運命は決まっているけど、運命は一つではないと
一つしか選べないのだけど、設定上は他のルートの結末だってあるわけで、他は表面上に現れない。 運命は決まっているけど、決定の行く先によって結末は変わる
それが出来ないと、何のために産まれてきたのか?意味が分からなくなってしまうのではないかと思う。
決断する自由はある。ただし運命は決まっている。それが人生なのではないかと
あくまでも、私のモチベーションがあがるための、信じ方で、運命は決まっていると思う人を違うと言っているわけではないですよ。
人それぞれの考え方は大切だと思うのですが、やっぱり私は、人生とはゲームだと思うほうが好きですね。
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