マメルリハというインコは「ラブバード」と書かれている書籍もあるくらい
ベタ慣れするインコらしい
それを知って娘はお迎えする気になった
本当は「ラブバード」で有名なコザクラインコやボタンインコが候補だったけど
そのインコたちは大きい故に噛む力も半端なく
痛みに弱い娘はかなり小さいマメルリハを選んだ
そして茶々丸は十分 娘に慣れてくれた
が・・
その娘は就学 就職と茶々丸との関わりが減り
いつのまにか完全に茶々丸は娘ではなく娘の親である我らと生活するようになった。
案の定 我らには娘ほどに慣れることはなく肩に乗ることはあっても
触らせてくれない
一定の距離をとって接する元ラブバードになった。
「ペット」という言葉の語源のなかには「触れる」という意味もあるけど
(触れない生き物 魚類とかは観賞魚であってペットではないという人もいるらしい)
触れなくても一緒に暮らす仲間という意識はずっとある。
異種間でもある意味通じ合う事例は世間ではたくさんあるし
実際 我が家でもそれを感じる場面はよくある。
多頭飼いをよく思わない意見も聞くけど
野生下で群れで暮らす生き物はある程度 数 がある方がいい気がする。
只 心配なのは皆寿命がありいつかは最後の仔が
取り残されるということ
小鳥たちで多分 最後の1羽は茶々丸くんなのだろうな
と最近 おもう
それを考えるとベタ慣れせず特別な存在に執着していない事が幸運だったような気がしてくる。
コンパニオンバードにとって なにが「しあわせ」なのか
10年過ぎても 模索中である。
