平成28年4月14日(木)21時26分ごろに発生した最大震度7の地震から1週間経ちました。お亡くなりになられた方やケガを負われた方々、そして避難生活を送っている熊本県や大分県の他、九州地方にお住まいになっている皆様に、心よりお見舞い申し上げます。今日は強く冷たい雨が続き、寒さも増し、二次災害に対する不安もあったことと思います。
先週の4/14(木)に自宅でテレビを見ていたときに、熊本地方で震度7、熊本市内で震度6強という文字のテロップが流れたときに目を疑いました。その後すぐに緊急放送に画面が切り替わり、被害状況や気象庁の会見などから情勢を見極めるため、日付が変わるまで見ていました。
今回は日奈久断層帯と布田川断層帯一帯の直下型大地震だったことを知り、阪神淡路大震災とは違う横ずれ断層による地震と知りました。
5年前の東日本大震災を経験した自分としては、発災後の1週間は毎日が不安で、ものすごく長く感じました。当時は電気、水道、ガス、電車などのライフラインがすべて途絶え、入る情報はラジオと新聞のみでした。発災後は職場の目の前の対応が精一杯でしたし、最初の数日間はほぼ眠れるときに少し仮眠して乗り切る状態でした。大津波の発生や福島原発の被害があったことも数時間後か翌朝新聞で知りました。避難所の避難してきた人数やニーズに応じた支援物資もなかなか届きませんでした。1週間経った頃から徐々に解消されました。
5年前と大きく違うのは、停電や通信網の被害が少なかったり、復旧が早くテレビを通して映像や情報が早く入ったり、TwitterなどのSNSが発達して、避難した場所や必要とする物資の情報が発信されやすくなったように思います。
その反面、入った情報を行政が効率よく処理しきれなかったり、避難所などへの配分がうまくいっていないことが被災者の皆さんの不満の一因になっているように感じます。
5年前は、明るい時間は職場の片づけや業務の立て直しにあたり、夜は職場か避難所で過ごしていました。昼夜問わず余震が襲ってきて緊急地震速報や大きな揺れで何度も目を覚まし、夜も横になれず座った状態でほとんど眠れませんでした。
今回の地震は余震の規模と回数が非常に大きく、ご自宅が入るのが危険だったり、室内で過ごすことが難しく、避難所や指定されていない高校や公共施設、道の駅などへ避難している方々が多いこと。
そして育児中や小さなお子さまを抱えていたり、ペットを飼われている方々は、避難所の皆さんに迷惑を掛けられないというお気持ちで避難所以外で車内避難をしている方々がものすごく多いことも報道を通して存じています。
しかも支援物資がなかなか行き届かず、飲料水も食事もなかなか届かず、数多くの大きな余震で心身ともに大変お疲れと、ある程度お察しいたします。
5年前の東日本大震災で被災したときに支援していただいた恩返しとして、
週末を挟んで東北各地から支援物資が発送されただけではなく、DMATや保健師、防災診断士などが速やかに派遣されました。
宮城県は県内の復興が少し遅れても被災地を支援できることをしていくと知事が発言し、広域避難者受け入れも含めて検討し始めています。
また、仙台市からも、技術職員や保健師の他、震災時に物資の輸送・管理の立案や避難所の立ち上げを担当された職員も派遣され、今日から混乱する支援物資の仕分けや避難所の改善に向け支援に着手したことが報道されました。ボランティア受け入れ体制も整い、受け入れが始まった地域もあるとのこと。
それ以外でも阪神淡路大震災や東日本大震災の教訓から、民間企業でもいろいろな取り組みで支援にあたっています。
タテ文字で被災地への応援メッセージ(4/20の河北新報楽天戦テレビ中継番組欄)
この「今度は恩返しをする番」のメッセージ通りに今できることは限られていますが、自分は被災地のものを買ったり、少額の募金とか義援金を贈ることしかできません。
まずはいろいろな貯まっているポイントでわずかですが、ネット募金もいくつかしました。5年前に全国各地や世界中からしていただいたことの恩返しとして、少しでもお役に立てればと思って行動し続けます。地震が落ち着き、何年先になるかはわかりませんが、熊本や九州に実際に訪れたいです。
先が見えない不安な状態のなかで、未来ある元気な中高生が自分たちが出来ないことがないかと考え、進んで避難所で物資の配給や声掛け、給水活動をしていることはとても素晴らしい、光が見える行動だと賞賛いたします。
東日本大震災直後も見られ、自分も勇気をもらい、仕事の前後の短時間でも避難所にいる間は、トイレ用の水運びや物資の配布や声掛けなど、できることはお手伝いさせていただきました。
そうすることで、身体を動かすことができ、エコノミークラス症候群の予防にもなりましたし、会話を通してお互いの境遇を
話すことで励まし合うことができました。
被災地の皆さんは続く余震のなか将来への不安や心身ともに大変お疲れなことはわかっています。行政職員は自治体との連絡をこまめに取り合うことが中心となり、
全国から集まってきた支援物資の仕分け作業や配布作業、
トイレに使う水の運搬や炊き出し作業、
ゴミの取りまとめや仕分け作業など。
今避難所内で率先して動いている方々や、全国から集まってくるだけ有志のボランティアの力では不十分で、いろいろ人手が必要です。お互いが助け合う「共助」の精神で、この困難な局面を何とか乗り切ってほしいです。
長期化が予想されるので、一人が調子を崩すと連鎖し、避難所も回らなくなっていまいます。今まで車内で待機されている方もできる範囲で少しでもかまいませんので、同じ地域に住む皆さんで分担して交替しながら長期戦に備えていただきたいのです。
頻繁に起きる余震でまずは身の安全を優先し、今できることを少しでも行動に移して、希望を捨てずに何とか乗り切ってほしいと切に願っております。
先週の4/14(木)に自宅でテレビを見ていたときに、熊本地方で震度7、熊本市内で震度6強という文字のテロップが流れたときに目を疑いました。その後すぐに緊急放送に画面が切り替わり、被害状況や気象庁の会見などから情勢を見極めるため、日付が変わるまで見ていました。
今回は日奈久断層帯と布田川断層帯一帯の直下型大地震だったことを知り、阪神淡路大震災とは違う横ずれ断層による地震と知りました。
5年前の東日本大震災を経験した自分としては、発災後の1週間は毎日が不安で、ものすごく長く感じました。当時は電気、水道、ガス、電車などのライフラインがすべて途絶え、入る情報はラジオと新聞のみでした。発災後は職場の目の前の対応が精一杯でしたし、最初の数日間はほぼ眠れるときに少し仮眠して乗り切る状態でした。大津波の発生や福島原発の被害があったことも数時間後か翌朝新聞で知りました。避難所の避難してきた人数やニーズに応じた支援物資もなかなか届きませんでした。1週間経った頃から徐々に解消されました。
5年前と大きく違うのは、停電や通信網の被害が少なかったり、復旧が早くテレビを通して映像や情報が早く入ったり、TwitterなどのSNSが発達して、避難した場所や必要とする物資の情報が発信されやすくなったように思います。
その反面、入った情報を行政が効率よく処理しきれなかったり、避難所などへの配分がうまくいっていないことが被災者の皆さんの不満の一因になっているように感じます。
5年前は、明るい時間は職場の片づけや業務の立て直しにあたり、夜は職場か避難所で過ごしていました。昼夜問わず余震が襲ってきて緊急地震速報や大きな揺れで何度も目を覚まし、夜も横になれず座った状態でほとんど眠れませんでした。
今回の地震は余震の規模と回数が非常に大きく、ご自宅が入るのが危険だったり、室内で過ごすことが難しく、避難所や指定されていない高校や公共施設、道の駅などへ避難している方々が多いこと。
そして育児中や小さなお子さまを抱えていたり、ペットを飼われている方々は、避難所の皆さんに迷惑を掛けられないというお気持ちで避難所以外で車内避難をしている方々がものすごく多いことも報道を通して存じています。
しかも支援物資がなかなか行き届かず、飲料水も食事もなかなか届かず、数多くの大きな余震で心身ともに大変お疲れと、ある程度お察しいたします。
5年前の東日本大震災で被災したときに支援していただいた恩返しとして、
週末を挟んで東北各地から支援物資が発送されただけではなく、DMATや保健師、防災診断士などが速やかに派遣されました。
宮城県は県内の復興が少し遅れても被災地を支援できることをしていくと知事が発言し、広域避難者受け入れも含めて検討し始めています。
また、仙台市からも、技術職員や保健師の他、震災時に物資の輸送・管理の立案や避難所の立ち上げを担当された職員も派遣され、今日から混乱する支援物資の仕分けや避難所の改善に向け支援に着手したことが報道されました。ボランティア受け入れ体制も整い、受け入れが始まった地域もあるとのこと。
それ以外でも阪神淡路大震災や東日本大震災の教訓から、民間企業でもいろいろな取り組みで支援にあたっています。
タテ文字で被災地への応援メッセージ(4/20の河北新報楽天戦テレビ中継番組欄)
この「今度は恩返しをする番」のメッセージ通りに今できることは限られていますが、自分は被災地のものを買ったり、少額の募金とか義援金を贈ることしかできません。
まずはいろいろな貯まっているポイントでわずかですが、ネット募金もいくつかしました。5年前に全国各地や世界中からしていただいたことの恩返しとして、少しでもお役に立てればと思って行動し続けます。地震が落ち着き、何年先になるかはわかりませんが、熊本や九州に実際に訪れたいです。
先が見えない不安な状態のなかで、未来ある元気な中高生が自分たちが出来ないことがないかと考え、進んで避難所で物資の配給や声掛け、給水活動をしていることはとても素晴らしい、光が見える行動だと賞賛いたします。
東日本大震災直後も見られ、自分も勇気をもらい、仕事の前後の短時間でも避難所にいる間は、トイレ用の水運びや物資の配布や声掛けなど、できることはお手伝いさせていただきました。
そうすることで、身体を動かすことができ、エコノミークラス症候群の予防にもなりましたし、会話を通してお互いの境遇を
話すことで励まし合うことができました。
被災地の皆さんは続く余震のなか将来への不安や心身ともに大変お疲れなことはわかっています。行政職員は自治体との連絡をこまめに取り合うことが中心となり、
全国から集まってきた支援物資の仕分け作業や配布作業、
トイレに使う水の運搬や炊き出し作業、
ゴミの取りまとめや仕分け作業など。
今避難所内で率先して動いている方々や、全国から集まってくるだけ有志のボランティアの力では不十分で、いろいろ人手が必要です。お互いが助け合う「共助」の精神で、この困難な局面を何とか乗り切ってほしいです。
長期化が予想されるので、一人が調子を崩すと連鎖し、避難所も回らなくなっていまいます。今まで車内で待機されている方もできる範囲で少しでもかまいませんので、同じ地域に住む皆さんで分担して交替しながら長期戦に備えていただきたいのです。
頻繁に起きる余震でまずは身の安全を優先し、今できることを少しでも行動に移して、希望を捨てずに何とか乗り切ってほしいと切に願っております。