ついに終わりがきました | 誰かのクラクション

ついに終わりがきました


ご無沙汰してます。とりあえず生きてます。




脊柱管狭窄症の手術を無事終えて退院し、しばらく経った頃のことです。

突然、寒気と高熱に襲われました。

最初は様子を見ていましたが一向に良くならず、
妻が夜間救急に連れて行ってくれて、手術を受けた病院でそのまま検査となりました。
夜中までかけて全身検査をした結果、
腰の傷口から感染した「膿性脊柱炎」と診断されました。

すぐに膿を注射で抜き、抗生剤の連続投与。
こうして、1月の終わりから長い入院生活が始まりました。

その後、予想していた通り感染は移植腎にも及び、
ついにクレアチニンが8を超え、透析が必要との宣告を受けました。

覚悟していたとはいえ、ショックは大きく、
体調も悪く食欲も落ち、ベッド上安静の影響で筋肉はみるみる落ち、
体重もベストから10キロ近く減ってしまいました。

炎症が落ち着くまでは首からの透析。
その後シャントを作成し、10年ぶりの透析生活が始まりました。





入院中は病棟を3回も移動し、体力も戻らないまま退院の話が進み、
これが大きな病院の現実なのかと感じる場面もありました。

転院後も順調とは言えず、
前の病院での穿刺失敗で腕が腫れ上がり、




手の甲から返す透析を続けながら血管拡張術も受けました。

現在は透析自体は落ち着いてきていますが、
体重減少の影響か血圧が低く、普段でも80台、透析後は60台まで下がることもあります。
そのためリハビリも血圧を見ながら慎重に進めています。

さらに、シャント手術後から
左手の親指と人差し指に強いしびれと冷えがあり、
力が入りにくい状態が続いているのも悩みのひとつです。

今年に入ってからの生活と身体の変化はあまりにも大きく、
正直、絶望や失望と向き合う毎日です。
これからのことを考えると、不安に押しつぶされそうになることもあります。

昨夜はなかなか眠れませんでした。

目を閉じても、これからのことばかり頭に浮かんできて、

気づけばずっと、絶望と戦っているような感覚でした。


体もつらいけれど、

それ以上に先が見えないことがこんなにも苦しいのかと感じています。


そんな中で思い浮かんだのが、尾崎豊の「太陽の破片」です。

壊れそうなままでも、それでも何かを探しているあの感じが、

今の自分に重なって聴こえました。


現実を受け止めるのが怖くて、
アメブロにもずっとログインできませんでした。

皆さんはお元気でしたか?照れ
気がつけば桜も咲いているんですね。
テレビもほとんど見ていないので、
どこか世間から取り残されたような感覚もあります。

とりあえず、今の状況の報告でした。

読んでくださりありがとうございました😊