21年目の奇跡 | 誰かのクラクション

21年目の奇跡

前の記事にコメントありがとうございました!(^o^)

その後の過程を記録がてら残しておきたいと思います!


27-12-12

追い込みの仕事真っ最中。

仕事中たまにしか電話に出れないのにたまたま外で一服中東京の知らない電話から着信有り。

「脳死の患者さんがいます。腎臓移植のリスト一番ですけど希望しますか?」


「ハイ(゜ロ゜;」

前回断ったときにじっくり考えて次にきたらやる!って答え出てたのですぐに返事

それでも頭真っ白になりながら会社、透析病院、奥さんに連絡
すかさず移植希望病院から連絡有り

「いつこれますか?」

「やっぱりすぐなんですね?」

「明日、手術予定です。なるべく早くこちらにむかって入院してください!」

その時点でちょうど昼御飯どき

もちろん飯など食べる気分にはならず、残工事及び片付け。
監督に説明
明日からこれませんと…


会社に帰り、残りの仕事の説明
どれだけ会社に出れないか見当つかず。
とにかくその辺りの記憶無いです。


たまたま奥さん早番で3時半には終わり一緒に病院行けそう。

奥さんも同じようにパニック。
とにかくあらゆるもの準備してた足りないものシマムラに寄り追加


何とか連絡した5時には病院着

すぐにMRI、心電図、レントゲン、血液検査
エコー検査執刀医からの説明

そのまま前日透析開始

マジか、今日なんも食ってないけど…


そのままICUの個室で眠れない夜を過ごす。


翌日、ドナ-からの摘出待ち、予定は11時半

初めての全身麻酔にホントに効いてくれるんだろうな…などと考えながらオペ室に。

ものの10秒たたないうちに意識消失


ドラマでよくみる手術終わりの光景。
奥さん、母ちゃんの頑張ったの声
終わったみたいだなぁ…
また意識飛ぶ

再度ICUの個室につれていかれ無理やり起こされる。

あちこち異常に痛い。
手首、首、下腹部、恥骨、鼻から胃までなんか入ってる。
しばらくこの痛さとの戦いだな。







そしてICUの個室から病棟の個室に移動








さらば
ICU


個室からの景色キレイだった


目の前に海です。
飯は…三日間食べないと食べなくても食欲無くなるんですね。
まして二分粥、すべてペースト状態の何か
無理でした。

その後腎臓の状態が良かったらしく手術直後から尿が出始めて、手術から五日目で一日の尿が1リットルを越えてとにかく2リットルを目標に水分補給してください。
今まで制限あるのでなんか飲むのが怖い。
中二日などの体の感覚、浮腫み始めるタイミングが身体に染み付いてる!
とにかくそこからです。
20年よく合併症もなく、心臓も小さくいられましたねって誉められちゃいました!


今は奥さんが書類関係会社関係保険関係などの書類、手続きで頭おかしくなりそうになりながらやってくれてます。

何より提供してくれた男性と家族に感謝します。まだ若いうえにすべての臓器が全国に飛んでいきました。
詳しいことはわかりませんけど脳死の状態から移植だったのでいい状態で移植されたと思います。
この腎臓無駄にできないな!

一生忘れられない年末年始になりそうです。