小諸城(懐古園) 2 | おせんの写真でこんにちは

小諸城(懐古園) 2

小諸城は、武田信玄のころ山本勘助らにより現在の縄張りとし、豊臣秀吉天下統一のとき小諸城主となった仙石秀久により完成された城ということですが、城のことを調べると「縄張り」ということばが出てきます。
縄張りと言うと「テリトリー」というイメージが強いのですが
城用語の縄張りといううと「曲輪や堀、門、虎口等の配置をいう。城の最重要項目と言ってよく、城の良し悪しはこれで決まるとも言える。曲輪の配置によって大きく分類ができるが、実際はその地形的条件や城の規模により、いくつかの形が混在することが多い。」ということです。

「山本勘助」の名前も時折見かけます。(静岡の久能山東照宮には勘助井戸があります)

山本勘助が愛用したと言われる鏡石
  
 

私もうつしてみました 
  

 そばには桜の木から松の木が 
 

 「小諸懐古射院」
朝早くから矢のおとが響いていました