気仙沼の友より
先日のブログで
『気仙沼の小学生の頃遊んだ友人が震災時、命からがらに救助されたとわかり、彼にも懐かしく手紙を書きだしたところ、昔の思い出が昨日のようによみがえりました。
(小さい頃、男の子と遊んでいることが多かった私です)』と書きましたが
その彼から電話がきて、40数年たったにもかかわらずはなしこんでしまいました。
その時、お酒のはなしとなり、宮城県塩釜市のお酒を送ってくれました。
昨日着いたのですがちょうど夫が出張で帰って来たので二人で飲んでしまいました。
とってもフルーティーで美味しかった![]()
(私は知らなっかったのですが
夫は宮城の浦霞だと知っていました)
そしてお酒と一緒に送ってくれたのが、この写真集。
中を見て胸が締め付けられました。
テレビの映像で見てきたはずなのに。写真でも切り取られた一部分であるはずなのですが
テレビでは一瞬だからなのでしょうか?
今回の衝撃は大きかった![]()
あのなかから生活を始めた人たちの思いは私には想像のつかないものだろうと再確認しました。
彼と電話で話した時「写真を撮ってるなら気仙沼に写真を撮り来いよ」と。
今回この写真集を見て、彼の言葉がとても重く響いてきました。
私が知っている気仙沼はもうなく、懐かしさを探すのではなく現実を撮りに
いつか、ではなく行きたいと思いました。

