私は家出経験がある。

学校って親としては行かせなくてはならなくて、行ってほしいと思う場所。

なんだろう。学校って。意味があるのかわからなかった。

上辺だけの仲良しごっこ、偉そうにしてる先輩。
くだらないと思ってた。

中学生のころ、アイドルに憧れて、アイドルになりたくて、沢山オーディションを受けた。

というか、子供が簡単にお金を稼げる場所が、芸能界だと思った。

自分の存在価値をつけたかったし、知りたかった。

結局、コネで某事務所に入ることができたのだが、あまり深く芸能界で活動することも考えていなかったので、結局祖母の顔に泥を塗ってしまった。

祖母は笑ってた。

また、興味がでたら、ばあちゃんの友達だから交渉してやるよ。と。
ばあちゃんは、私の母の母親で、住まいは別だった。
気の強い祖母だった。母から見ると継母だった。
芸者をやっていたので、粋な祖母だった。



中3、進路指導で担任と親とうまく話し合いが出来ず、進路に迷った。

担任いわく、また芸能界に憧れをもって、そちらに進みたいと思うことがあるなら
公立より私立高校がいいと進めてくる。
私は、進学ではなくて、就職がしたかった。
親から離れて寮生活をしながら働きたかった。

早く自立自活がしたかった。

そこで、父と言い争いになった

「高校にも行かないで就職したって、せいぜい、スーパーのレジ打ちだけだ!そんな仕事でいいのか!」


わたしは父に反論した。

「仕事をすること、働くこと、職業に良いも悪いもない。
お父さんは、スーパーで買い物をしないのか?
清算してくれて、ありがとうございますという、言葉を言うレジの人に失礼じゃないのか?」

そういうと

「中卒じゃ、何の役にもたたない、給料だって安い・・・・」

確かそんなことを言っていた。

なんか、自分の父親がこんなこと言うの情けなかったよな。

職業で、人間のランク付けしてる感じがしていやだった。

結局、グダグダ揉めている間に、受験できる高校が私立の一校だけになってしまい、そこを受験。
合格して通学。

学校行きたくなかったけど、小心者の私はサボることができず、遅刻せずに通った。
一時間に二本しか電車が無いから乗り遅れると、確実に遅刻。
毎朝、猛ダッシュしてた 笑

女子校だったので、お決まりの仲良しごっこグループができた。
そのうち、揉めて、面倒になって孤立して、隣のクラスや、階段でお弁当食べること度々。

学校って、何を学ぶ場所なのか増々わからなくなって、
学校行きたくなくなった。

働きたかった。
馬鹿みたいに仲良しごっこして、授業も適当で、後ろの席だと悪ふざけしてる友達の声で授業ができなくて、本当につまらなかった。

学校やめて、就職したいと親に相談したこともあったけど、そんなの理解されることもなく。
歯がゆい毎日だった。
グレた。中途半端にグレた。

母親に刃物を向けられたこともあったし、髪をザクザク切り刻まれたこともあった。

別に、痛くもかゆくもなかった。
髪にこだわりもなかったし。

どうでもよかった。

毎日両親は喧嘩してた。母は泣いてた。
そんな生活に私は疲れていた。
解放して欲しかった。

私がグレたのはお前が悪いと、父は母に向かって言っていた。

別にグレたのは誰のせいでもない。
それが、楽だったし現実逃避できたからで、別に誰も悪くない。
私が決めたことだと父に言ったを、今でも覚えている。

高校では、学級委員長と生徒会に入っていた。
先生からの信用もあって、荷物検査はいつも顔パスだった。
だから、大半の子は、私のカバンにタバコやシンナーを放り込んできた。

これで、つかまって停学や退学になったら本望だと思っていたが、いつも顔パスだった
つまらなかった。
勉強ができたわけじゃないのに、先生に信頼されてるのが不思議だった。

友達と家出の計画を立てた。
友達は話を聞いていると両親の愛情確認をしたかったようで、私と考えは違ったが家出を念入りに計画し、決行した。

まず、住み込みでできる仕事の面接にいくつか目星をつけていた。
私も友達もバイトをしていたから、しばらくフラフラフさまよえる程度のお金は所持していた。

とりあえず、一日目。
友達の中学時代の友人の家で泊めてもらい作戦をまた練った。
二日目、ちょっと、都会にでた。
めぼしい所を下見して、面接までに色々準備を考えた。
面接の予約もした。

夕方、友達の様子がおかしい。
ぐったりしていて、元気が無い。

熱も出て、ぜんそくの発作がおきた。

困った。

変にナンパされても、着いて行くわけにもいかない。
友達は、とうとう、倒れこんだ・・・・・

計画は二日目にして崩れた。

仕方なく私は救急車を呼んだ。
これまでの経緯を話し、病院へ行った。
友達の親が迎えに来た。

何の話をしたか思い出せないが、
「うちの子にそそのかされたんだろう。ごめんな。」と
友達のお父さんに言われて複雑だったことは覚えてる。

私も両親が迎えに来て、怒られるかと思ったら、二人とも泣いてて
なんか複雑だった。

なんか、悔しかった。
親に学校行かせてやってるのにって言われて悔しかった。

だから、私は翌月からバイト代で高校の毎月の授業料を自分で納めるようにした。

すさんでたかな。

大人になりたいのに大人になれない16歳。

尾崎豊ばかり聴いてた。


自分の子供がそんな年ごろを迎えたのかと思うと、当時の私と比べると、
擦れてなくて可愛いものだと思える