「会津電力」設立記念講演会
昼食をとったあと、会津電力設立記念講演会の会場である「大和川酒造北方風土館」に向かった。
蔵の街・喜多方らくし、酒蔵が並ぶ。
講演会が始まる頃には8割方の席が埋まった。
会津電力株式会社の社長であり、会場の大和川酒蔵の代表社員である佐藤彌右衛門氏が開会の挨拶。
『只見川電源開発で会津(地方)は中央に電源を供給し続けてきた。しかし、震災後、中央からの隷属、交付金に頼るという依存を断ち切らなければならないと考えた。震災後、2年にわたり議論。会津で何ができるかを議論した。会津には豊かな自然があり、食糧の自給は問題ない。ならばエネルギーの自給ということで「会津電力」を立ち上げた』と会津電力設立の経緯を話された。
歴史ある酒蔵会社を経営されているだけあって、会津の地力に対する信頼と自信があふれていた。
続いて、慶應義塾大学教授・金子勝氏の講演。
宮田村は独自の農業システム(宮田方式 )があり、農地の貸し借りが頻繁に行われている。宮田村は、江戸時代の高遠藩の所領。高遠藩といえば、保科正之 。高遠は蕎麦で有名だったが、一度消えてしまった。しかし、(正之の移封先である)会津に残っている。本家の高遠にないのはおかしいと復活した』という話から入った。
『福島県は、会津戦争という“圧政”を経て、さらに明治新政府が派遣した三島通庸県令(薩摩出身)による圧政を請け虐げられた。そして現代。安部首相(長州藩の血を引く)が2007年の国会答弁で“(原発の)全電源喪失はありえない”と発言したのにも関わらず、3.12に1号機が水蒸気爆発しメルトダウンした』とした上で、会津電力の役割を『会津の自給にとどまっていれば抵抗で終わる。会津電力が新しい社会システムや経済システムを創り、会津の正しさを証明しなければならない』という趣旨の話をされた。
その後、原子力発電を中心としたエネルギーコストの話や東京電力の財務状況などの話が続いた。
大変勉強になった。
次は、国連環境計画・金融イニシアチブ特別顧問の末吉竹二郎氏の講演。
「グリーンバンクの時代が来た」という演題。
『再生可能エネルギーは10年で140兆円という、すごいビジネスになった。ちまちました太陽光で何ができるか、と言われているうちに全世界で原発を超える存在となった。21世紀の最大のミッションは温暖化対策ということが背景にある。会社だけではなく、消費者にも環境負荷を考えてもらう時代になった。企業は持続可能な企業活動を意図して、サプライヤーを選ばなければならない。企業を評価するのが財務データだけの時代は終わった。財務に環境や社会貢献も入れるべきだという流れもある。資本を財務、生産設備、知財、人材、自然、社会の6種で見る動きもある。ビジネスを支えている基盤である自然をどのように守るかという視点で会計原則を変える仕組みが考えられている』と世界の企業活動の今があり、その必然として英国にグリーン投資銀行が生まれたという経緯と活動内容を話された。
欧米の製造業が温暖化や環境負荷は避けては通れない問題と認識し、それ対応するために財務や取引関係など技術以外の問題をに手を入れ変革を遂げつつあるという現実に驚いた。
二人の講演が終わると、飯田哲也氏(NPO法人環境エネルギー政策研究所所長)を進行役に座談会が行われた。
メンバ―は前述の4名以外に、目黒章三郎氏(会津若松市議会議員)、遠藤由美子氏(会津電力㈱監査役)、五十嵐乃里枝氏(会津自然エネルギー機構理事長)の3人が登壇された。
冒頭、飯田氏は『再生可能エネルギーはエネルギー論だけではなく、環境や街づくりにも波及する。会津電力は、比較的ダメージの少ない会津から福島を救うものだと思う』というような話をされた。
座談会では、それぞれの立場から発言があり、興味深い話を多かった。
・新しいものは最初に巨大な力が必要だが、、その後は微力でも動く
・再生可能エネルギーは、地域の抱えている問題を解決する手段の一つになる
・再生可能エネルギーが会津に根付くためには、会津ならではのものが必要
・手を掛けない山が増えた。荒廃した山はバイオマス発電に適している。
・会津は風が弱いから、太陽光の次は地熱発電が有力
・全国で地域発電が進み、エネルギーの地方自治が進んでいる
・再生可能エネルギーを導入した後に発生する副次効果。一次だけではなく、二次三次の効果を求める→儲ける仕組みが必要。
・エネルギーを地域で作る事は、民主主義の一歩。
・ご当地電力を市民ファンドで作る動き
座談会は、それぞれの登壇者が強い思いを持ち話をされていたため、大いに盛り上がった。
講演会全体で感じたのは、再生可能エネルギーは“地元”のエネルギーで、『俺たちが使うエネルギーは俺たちで作る』という意識が重要だという事。
福島第一原子力発電所が首都圏の人々のために電力を作っていたことを思うと、今日、会津電力の関係者から受けたメッセージは重かった。
これから自分が何をすべきかはすぐには思い浮かばないが、再生可能エネルギーは時代の要請で、自分がどう関わってゆくかを考えなければならないというのは間違いなさそうだ。
これから考えてゆきたい。
...郡山に帰ってくると、駅前はLEDのイルミネーションに彩られていた。
*参考
◇「宮田方式」 出処:宮田村ホームページ
宮田方式
宮田には、今から20年も前に生まれた『宮田方式』と呼ばれる一村一農場をめざした独自の農業システムがあります。
宮田方式とは、村が積極的に農地の流動化を推進するための機関として設置した『農地利用委員会』と、農協が稲作の機械化一貫体系による生産組織として育成してきた『集団耕作組合』の2つの組織と農家・村・農協が一体となって、宮田農業の振興や支援に取り組んできたシステム全体を総称して呼ばれます。長野県では地域営農システムといいます。
また、このシステムには独自の制度があり、農地流動化推進のための“地代制度”と米の適地適作団地化による良品質米の生産を行う“米のプール精算方式”があります。





