退職、転居...苦悩する仲間と放置し続ける行政
時間だけが流れ、人々は疲弊している。
...今日、富岡町を追われ避難生活を送る、二人の仕事仲間の話を聞いた。
一人は、今日付けで退職した。
富岡から郡山の仮設住宅に避難した母親の体調が思わしくなく、悩んだ結果、いわきから郡山に引っ越し両親の近くで仕事を探し働くことを決断した。
彼の母親は事故後の避難生活で体調を悪化させ、先月には仮設住宅で倒れ、偶然訪れた家族に発見され事なきをえた。ストレスや心労が重なったものと、医者からは言われたようだ。
彼はまだ21歳。『こっち(いわき)でやりたい事はたくさんあるけど、親が心配。親を大切にしたい。後悔はしたくない』と悩みに悩んだ末決断したという。
もう一人は、家族で埼玉に避難して、仕事のために都度“単身赴任”している40代の男性。
この方とは作業班が違うため、久しぶりに話をすることになった。
家族の状況、今後の身の振り方を聞くと『富岡には戻らない。埼玉に住み続けることになると思う。上の子は埼玉県内で就職し、下の子は学校で友達もたくさんできた。これでは...。』
彼の表情には諦めの色がうかがえ、その結果に至った苦悩が察せられた。
彼は、3泊4日の“単身赴任”を終えこれからまた埼玉に戻る。そしてまた2日後にやってくる。
東京電力福島第一原子力発電所の事故から1年3か月以上。
これが現状。光はまだ見えない。